全年全月26日の投稿[185件](2ページ目)
リュウ
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もともとフィクションにおける薬物・鬱病・セックスが大好きなので最近のでこにーな大好きなんだけど
同じかそれ以上に嫌悪している人のほうが多くて困惑している
自分の趣味、終わってるんだやっぱり 108日前(月 09:30:15) 日常
同じかそれ以上に嫌悪している人のほうが多くて困惑している
自分の趣味、終わってるんだやっぱり 108日前(月 09:30:15) 日常
リュウ
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な、なんか知らんけど給料振り込まれている…………………
命拾いした…………?
シフトが月またぎだからもしかしてそういうことだったのか…………?
とりあえず明日行ったら聞かなくては…- 108日前(月 08:00:46) 日常
命拾いした…………?
シフトが月またぎだからもしかしてそういうことだったのか…………?
とりあえず明日行ったら聞かなくては…- 108日前(月 08:00:46) 日常
リュウ
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みなつむSS 静かな夜
「ホットミルクでよかったですか」
はい、と言いながらペアのマグカップの片方を受け取った。もう片方は彼の手に。ソファの私の隣に彼が腰を下ろす。一口含んで、彼がマグカップを置いたのを確認してから、私も同じようにして、それから彼にそっと体重を預けた。彼の体の重心が、私に合わせて変化する。それがとても、心地よい。
「寝かしつけ、間に合わなくってすみませんでした」
「いえ!巳波さんは十分手伝ってくださってますから」
「ですから、手伝う、っていうのが気に食わないって言っているじゃないですか。私だって子供の父親なのに」
「そうですね……そうですね、えへへ」
彼に見せる予定だった資料をソファ脇から取り出して、机の上に置いた。そっと目を通す彼は、口を小さくお受験、と動かした。
「私立がいいかなって……やっぱり、ほら、その」
「私の子供、ってことで目立ちますからね。反対では無いですよ。貴方とあの子の負担を考えると……手放しで賛成は出来ませんが」
「私は費用面が……」
「費用なら心配ないでしょう、ちゃんと稼いできますよ」
「巳波さんの収入をあてにするのって……」
「なんです、私が直に売れなくなるとでも思ってるんですか」
「そんなわけないじゃないですか!?」
慌てて否定した私を見てくすくす笑う彼を見て、ああまたからかわれた、とわかって。顔も耳も熱くなる。そんな私の頬に、一瞬だけ彼が唇を落とした。
「私の収入をあてにしてください。それより私は受験自体が貴方やあの子の負担にならないか心配です。親同士の付き合いも貴方が主体になるのは避けられないでしょうしね」
「もしかして……巳波さんも学校とか行くつもりで……?」
「行っちゃダメですか。そのための私立なんでしょう、私だって親付き合いするつもりでいますよ」
私がまとめておいた資料をパラパラとめくりながら、彼はその中から芸能人の子供がよく通っている学校のパンフレットをピックして、私にひらひら振って見せた。少しぶすっとしたような彼に、私はなんだかおかしくなって、笑ってしまう。そんな私を見て、彼もそのうちそっと微笑む。無言で手渡されたその数校を、私たちは子供の通う学校の候補とした。
パンフレットをすっかり片付けて、私はまたマグカップを両手で持って、一口飲んだ。甘い。よかったですか、なんて聞いておきながら、いつだって彼は私が飲みたいものを作ってくる。今日は甘いものが飲みたい気分だったけれど、蜂蜜が入っているようだ……一体どうやって、彼は私の心を読んでいるのだろうか。聞いてみたことがあるけれど、わかりやすいですからね、としか言われなかったのを思い出した。
そして彼は大抵、私と同じものを飲む。そっと目を隣にやると、彼はスマホを確認しながら一口。真剣な眼差しに、仕事の確認をしているのだろうと理解する。……そういう時の彼の横顔は、仕事で媒体に映る彼ともまた違う真剣さを孕んでいて……私はすごく好きだ。やがて彼が顔を動かさずに目線だけこちらへよこすものだから、目が合って、私は思わず慌てて目を逸らした。隣からくすくすと笑い声が聞こえた。
「今日も私のことが好きそうで何よりですよ」
「……いつも好きですよ」
「私だっていつも愛していますよ」
「あ、あ、あ、愛してますよ!」
「ふふ、そう。ありがとう」
「……どういたしまし、て」
愛の言葉を口にするのも、最初に比べればだいぶ慣れた。カップを机に置いて、今度はもっと露骨に全体重を彼に預けた。彼もゆっくりカップを落いて、スマホをポケットにしまってから、すっぽり覆うように私を腕の中に抱きとめた。
――ホットミルクと、蜂蜜と、彼の匂いでいっぱいになる。どこかの現場でついたのか、彼は吸わない煙草の香りもするけれど。彼に抱きしめられるがままに目を閉じる。あたたかくて、優しく背中を撫でられているうちに、仕事と、育児と、家事の疲れがどっと溢れて……体が一気に重くなるのを感じた。彼の首元に頭を預けて、そのまま、ぐったりと力が抜けていく。
「……今日もお疲れ様でした」
「……せっかく、せっかく今日、お時間合いましたのに。もう少し……そ、その」
「激しいことは駄目ですよ。このまま眠っていいですから」
「でも……」
「……大丈夫ですから」
「……私が、したかったんですよ、巳波さんと」
「私もしたいですけれど。でも今日は」
――今日は、このままでいてくれませんか。
力の抜けた私をしっかり抱きしめ直して、彼も私の首元に頭を埋めた。私は最後の力で、少しだけ彼の背に手を回して……そのまま、彼に落ちていく意識を委ねた。
静かな夜、幸せな夢へ落ちていく。彼と一緒に。
畳む
138日前(金 19:58:52) SS
「ホットミルクでよかったですか」
はい、と言いながらペアのマグカップの片方を受け取った。もう片方は彼の手に。ソファの私の隣に彼が腰を下ろす。一口含んで、彼がマグカップを置いたのを確認してから、私も同じようにして、それから彼にそっと体重を預けた。彼の体の重心が、私に合わせて変化する。それがとても、心地よい。
「寝かしつけ、間に合わなくってすみませんでした」
「いえ!巳波さんは十分手伝ってくださってますから」
「ですから、手伝う、っていうのが気に食わないって言っているじゃないですか。私だって子供の父親なのに」
「そうですね……そうですね、えへへ」
彼に見せる予定だった資料をソファ脇から取り出して、机の上に置いた。そっと目を通す彼は、口を小さくお受験、と動かした。
「私立がいいかなって……やっぱり、ほら、その」
「私の子供、ってことで目立ちますからね。反対では無いですよ。貴方とあの子の負担を考えると……手放しで賛成は出来ませんが」
「私は費用面が……」
「費用なら心配ないでしょう、ちゃんと稼いできますよ」
「巳波さんの収入をあてにするのって……」
「なんです、私が直に売れなくなるとでも思ってるんですか」
「そんなわけないじゃないですか!?」
慌てて否定した私を見てくすくす笑う彼を見て、ああまたからかわれた、とわかって。顔も耳も熱くなる。そんな私の頬に、一瞬だけ彼が唇を落とした。
「私の収入をあてにしてください。それより私は受験自体が貴方やあの子の負担にならないか心配です。親同士の付き合いも貴方が主体になるのは避けられないでしょうしね」
「もしかして……巳波さんも学校とか行くつもりで……?」
「行っちゃダメですか。そのための私立なんでしょう、私だって親付き合いするつもりでいますよ」
私がまとめておいた資料をパラパラとめくりながら、彼はその中から芸能人の子供がよく通っている学校のパンフレットをピックして、私にひらひら振って見せた。少しぶすっとしたような彼に、私はなんだかおかしくなって、笑ってしまう。そんな私を見て、彼もそのうちそっと微笑む。無言で手渡されたその数校を、私たちは子供の通う学校の候補とした。
パンフレットをすっかり片付けて、私はまたマグカップを両手で持って、一口飲んだ。甘い。よかったですか、なんて聞いておきながら、いつだって彼は私が飲みたいものを作ってくる。今日は甘いものが飲みたい気分だったけれど、蜂蜜が入っているようだ……一体どうやって、彼は私の心を読んでいるのだろうか。聞いてみたことがあるけれど、わかりやすいですからね、としか言われなかったのを思い出した。
そして彼は大抵、私と同じものを飲む。そっと目を隣にやると、彼はスマホを確認しながら一口。真剣な眼差しに、仕事の確認をしているのだろうと理解する。……そういう時の彼の横顔は、仕事で媒体に映る彼ともまた違う真剣さを孕んでいて……私はすごく好きだ。やがて彼が顔を動かさずに目線だけこちらへよこすものだから、目が合って、私は思わず慌てて目を逸らした。隣からくすくすと笑い声が聞こえた。
「今日も私のことが好きそうで何よりですよ」
「……いつも好きですよ」
「私だっていつも愛していますよ」
「あ、あ、あ、愛してますよ!」
「ふふ、そう。ありがとう」
「……どういたしまし、て」
愛の言葉を口にするのも、最初に比べればだいぶ慣れた。カップを机に置いて、今度はもっと露骨に全体重を彼に預けた。彼もゆっくりカップを落いて、スマホをポケットにしまってから、すっぽり覆うように私を腕の中に抱きとめた。
――ホットミルクと、蜂蜜と、彼の匂いでいっぱいになる。どこかの現場でついたのか、彼は吸わない煙草の香りもするけれど。彼に抱きしめられるがままに目を閉じる。あたたかくて、優しく背中を撫でられているうちに、仕事と、育児と、家事の疲れがどっと溢れて……体が一気に重くなるのを感じた。彼の首元に頭を預けて、そのまま、ぐったりと力が抜けていく。
「……今日もお疲れ様でした」
「……せっかく、せっかく今日、お時間合いましたのに。もう少し……そ、その」
「激しいことは駄目ですよ。このまま眠っていいですから」
「でも……」
「……大丈夫ですから」
「……私が、したかったんですよ、巳波さんと」
「私もしたいですけれど。でも今日は」
――今日は、このままでいてくれませんか。
力の抜けた私をしっかり抱きしめ直して、彼も私の首元に頭を埋めた。私は最後の力で、少しだけ彼の背に手を回して……そのまま、彼に落ちていく意識を委ねた。
静かな夜、幸せな夢へ落ちていく。彼と一緒に。
畳む
138日前(金 19:58:52) SS
リュウ
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ゆきつむ
事後
詳細
千紡 三年くらい付き合ってるけど 万理さんが過保護でめっちゃ心配してて千に「紡ちゃんは年上に憧れるような子だし心配」とかぼやいちゃって千がすごい気にするし拗ねる
千は作曲も煮詰まってて 紡をスタジオに呼びつつも何も浮かばず死んでて
「私帰りましょうか?」「……ねえ、君って僕のどこが好きなの」って聞いちゃうくらいにはメンタル荒れてる 紡「顔」(アイドルの命は、顔。)千「君のそういうところさぁ」
その日体を重ねるもあまり千は愛を感じられず(普段から千はかなり雑に抱くけど)、「結局君って僕じゃなくてもいいんじゃないの」みたいにぼやきはじめて 紡がワーッ!ってなって
「私が!どんな気持ちで!あなたと!三年も付き合ってるのに!スキャンダルとか、なんだとか……三年も付き合ってるのにプロポーズの話もないしッ!」
「えっ、プロポーズ?」
「あっ!?いや!……も、もう!」
「あ、いやちょっと待って、まだゴムつけてな……」
「このままでいいです!」
「よくないでしょ!?」
「私がどれだけあなたのこと……好きなのか!わかって!」って 紡が自分で生でいれるし自分で動くし 千は超混乱してるしいいの?いいのか?ってなりつつとりあえず続き……
体を重ねながら紡が自分のプロポーズを待っていたとかいう事実がじんわりと心に染みていき、千のわだかまりは溶けていく
そのまま千のすべてを受け入れる紡を次第にベッドに押し付けて、腕も足も絡みつけて、耳元で「……出そう」って囁いたあたりから「あ!?あのっ!?いや、駄目です、中は……だって!?」って慌てる紡と
「うーん、もう無理、出ちゃいそう」「ま、待ってください!だめ!」「このまま……体、離れられないし、今日っていい日なんじゃないの」「安全日じゃないですよ!?千さんが絡みついてきてるからっ……あ!あっ、いや、駄目……」「煽るのが上手」「ちが~っ!?」ってなってる紡の中で無理やり……
普段終わったらろくに愛情表現しないような千がその後中を指でかき乱して 紡もそっと触ったらどろっとしているので「ああああああああああああああ」ってなりつつ しばらくずっと頭の中ぐるぐるしてる紡さん
そんなところ
ちなみに万理さんに後日あったときに万理さんに「最近紡ちゃんとはどう?」と聞かれたので「バン、前自分の方が付き合い長いとかマウント取ってきてたよね?」「マウントって……いやまあ、言ったけど」「じゃあ彼女の理想のプロポーズとか知ってる?」って聞いて万理さんのコーヒーが台無しになる
「え!?」「いや、子供出来るかもしれないから」「避妊しなかったのか!?」「紡が」「岡崎さんに言ったか!?」「プロポーズ決めてから言う(付き合ってるのは百もおかりんも知ってる)」ってなってるところに紡がお疲れ様です~って来て
万理さんは紡の肩をしっかりと持って、落ち着いた顔で「紡ちゃん、やっぱりこの男やめよう」って 言う
「え!?」「バンにこの前のこと話してさ」「えっ」「紡ちゃん、この男は駄目だ」「酷い言い草」「ま、待ってください、万理さんにどこまではなし……?????????」って真っ赤でぐるぐるになる紡
おわり畳む 138日前(金 18:27:12) 二次語り,1日1本でも線を引く
事後
詳細
千紡 三年くらい付き合ってるけど 万理さんが過保護でめっちゃ心配してて千に「紡ちゃんは年上に憧れるような子だし心配」とかぼやいちゃって千がすごい気にするし拗ねる
千は作曲も煮詰まってて 紡をスタジオに呼びつつも何も浮かばず死んでて
「私帰りましょうか?」「……ねえ、君って僕のどこが好きなの」って聞いちゃうくらいにはメンタル荒れてる 紡「顔」(アイドルの命は、顔。)千「君のそういうところさぁ」
その日体を重ねるもあまり千は愛を感じられず(普段から千はかなり雑に抱くけど)、「結局君って僕じゃなくてもいいんじゃないの」みたいにぼやきはじめて 紡がワーッ!ってなって
「私が!どんな気持ちで!あなたと!三年も付き合ってるのに!スキャンダルとか、なんだとか……三年も付き合ってるのにプロポーズの話もないしッ!」
「えっ、プロポーズ?」
「あっ!?いや!……も、もう!」
「あ、いやちょっと待って、まだゴムつけてな……」
「このままでいいです!」
「よくないでしょ!?」
「私がどれだけあなたのこと……好きなのか!わかって!」って 紡が自分で生でいれるし自分で動くし 千は超混乱してるしいいの?いいのか?ってなりつつとりあえず続き……
体を重ねながら紡が自分のプロポーズを待っていたとかいう事実がじんわりと心に染みていき、千のわだかまりは溶けていく
そのまま千のすべてを受け入れる紡を次第にベッドに押し付けて、腕も足も絡みつけて、耳元で「……出そう」って囁いたあたりから「あ!?あのっ!?いや、駄目です、中は……だって!?」って慌てる紡と
「うーん、もう無理、出ちゃいそう」「ま、待ってください!だめ!」「このまま……体、離れられないし、今日っていい日なんじゃないの」「安全日じゃないですよ!?千さんが絡みついてきてるからっ……あ!あっ、いや、駄目……」「煽るのが上手」「ちが~っ!?」ってなってる紡の中で無理やり……
普段終わったらろくに愛情表現しないような千がその後中を指でかき乱して 紡もそっと触ったらどろっとしているので「ああああああああああああああ」ってなりつつ しばらくずっと頭の中ぐるぐるしてる紡さん
そんなところ
ちなみに万理さんに後日あったときに万理さんに「最近紡ちゃんとはどう?」と聞かれたので「バン、前自分の方が付き合い長いとかマウント取ってきてたよね?」「マウントって……いやまあ、言ったけど」「じゃあ彼女の理想のプロポーズとか知ってる?」って聞いて万理さんのコーヒーが台無しになる
「え!?」「いや、子供出来るかもしれないから」「避妊しなかったのか!?」「紡が」「岡崎さんに言ったか!?」「プロポーズ決めてから言う(付き合ってるのは百もおかりんも知ってる)」ってなってるところに紡がお疲れ様です~って来て
万理さんは紡の肩をしっかりと持って、落ち着いた顔で「紡ちゃん、やっぱりこの男やめよう」って 言う
「え!?」「バンにこの前のこと話してさ」「えっ」「紡ちゃん、この男は駄目だ」「酷い言い草」「ま、待ってください、万理さんにどこまではなし……?????????」って真っ赤でぐるぐるになる紡
おわり畳む 138日前(金 18:27:12) 二次語り,1日1本でも線を引く
リュウ
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子供が出来て、女性から彼女へ、彼女から妻へ、妻から母親へと変わっていったなと思う巳波 子供が大きくなるごとに前のようには触れ合えないのだなと感慨深くなっていても
急に子供たちを寝かしつけた後に背中に抱きついてきて「ちょっと夜更かししてお話でもどうですか……」ってホットミルク入れて2人で飲むような夜も、ある 139日前(金 00:30:43) 二次語り
急に子供たちを寝かしつけた後に背中に抱きついてきて「ちょっと夜更かししてお話でもどうですか……」ってホットミルク入れて2人で飲むような夜も、ある 139日前(金 00:30:43) 二次語り
リュウ
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みなつむ死ネタ
このまま二人が死んでいくのがメリバだろうが、巳波だけ死ねなかったとか紡だけ死ねなかったとかも全然アリ……
最初に2人を見つけるのははるちゃんの気がする
たぶんえげつない後悔をする
畳む 168日前(水 21:04:59) 二次語り
このまま二人が死んでいくのがメリバだろうが、巳波だけ死ねなかったとか紡だけ死ねなかったとかも全然アリ……
最初に2人を見つけるのははるちゃんの気がする
たぶんえげつない後悔をする
畳む 168日前(水 21:04:59) 二次語り
リュウ
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みなつむSS 解放
「……?巳波さん、お昼の薬はもう……」
「……嫌ですね。私が管理しているんだから、疑わなくたって大丈夫ですよ。今日のお昼はまだ飲んでません」
「……でも、こんな……こんなのでしたっけ……」
「……飲めないなら飲ませてあげます」
錠を一つ、水を含んで無理やり彼女の唇と自分のそれを重ねた。今日に限って彼女は普通で、いつも通りで、でももうそれくらいでは引き返そうと思わないくらいに、私は壊れてしまっている。不審そうに嫌がる彼女の口の中に無理やり入れた錠は、何故だか甘い。諦めない私に根負けして、そのうち彼女はすべて飲み込んだ。そのまま彼女の唇をそっと舌でなぞって、口の中を味わっていく。ざらり、彼女の舌が絡まって、ああ、甘い。甘い。甘い……。
一通り彼女を味わって顔を離すと、焦点の定まらない瞳で彼女が私を見上げている。即効性のある薬というのは本当だったらしい。
「……巳波さん、これ、は……」
「大丈夫ですよ。いつもより少し強い安定剤をもらっていたんです。最近の貴方、不安定ですから」
「そ、そう……です、か……?」
既に呂律が怪しくなっている彼女が愛おしくて、そのまましばらく頭をなでる。髪の毛を指で梳くと、そっと手に寄り添ってくる彼女のそういうところは付き合った頃からなんら変わらない。好きで、好きで、好きで。彼女に付き合えないと言われるたびに引き裂かれそうだったことも、ついに彼女に受け入れてもらえた時にこの世のすべてを愛せそうに思えたことも、彼女が生涯を共にしてくれると頷いてくれた時の幸せも、すべてすべて。
――走馬灯。
「……準備しなくちゃ」
彼女のスマートフォンの電源を落とした。通知欄にあった「七瀬陸」の文字を見て、少しだけ罪悪感に襲われる。けれど、でも。もう、いいですよね。貴方たちに彼女はあげない。真っ黒になった画面を下にして、私のスマートフォンを切ろうとして……未読の通知にあるメンバーの名前に、一瞬だけたじろいだ。
――ねえ、紡さんと……別れなよ……もう巳波、見てらんないよ。そう言った亥清さんも、それを心配そうに見守ってくれていた狗丸さんも、御堂さんも……。
「……ごめんなさい」
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……。心の中で何度も謝りながら、自分のスマートフォンの画面も暗くなった。そっと床に置いて、遠くに蹴り飛ばした。きっと今夜電話が来るだろう。私はそれには出られない。
――私たちを最初に見つけてくれるのは、彼らだろうか。
「……み、なみ、さん……?」
「……大丈夫、傍にいますよ。……もうずっと一緒です。これでずっと……最期まで一緒ですよ……もう、私がいないって寂しくなって自傷しなくたっていいし……喚いて傷つくこともない」
「な、なんか、変……ですよ。みなみ、さ……」
「言っていたでしょう、ずっと一緒にいてほしいって。どこにも行かないで、傍にいてくれって。これしかないんです、もう。こうするしか……こうするしか、ないんですよ……」
身なりを整えていく。少し前に用意しておいた綺麗なドレスで彼女を彩る。力が入らない彼女を着せ替えるのは聊か大変ではあったけれど、ほら、こんなにも似合っている。
「結局、お互いに忙しくて式も挙げられませんでしたからね。ほら、ウエディングドレスには少し及ばないけれど……ああ、メイクアップも。勉強しておいたんです……ほら、整えるから、もう少し起きて……。……もう、起きてられませんか」
「な、んか……ちから、が」
「ふふ、へにゃへにゃで……可愛らしい」
大丈夫ですよ、そう言いながら彼女の体をそっと壁に寄りかからせて、彩っていく。このために数日、女優のメイクアップアーティストに練習させてもらっていたのだから。妻に化粧をしてあげたいのだと言ったら、ああ、さすが愛妻家ですね、と言って微笑まれた。
私たちのことはどう報道されるのだろうか。ぼんやりとそんなことを考えながら、彩った彼女の顔は、花が咲いたようだ。
「ほら。ね、私、結構要領いいつもりなんです。可愛いですよ、紡」
「……ぁ……」
「ふふ。嬉しいですか?そうですか……それならよかった」
ぁ、ぁ、と小さく聞こえる彼女の声は肯定なのか否定なのか、歓喜なのか悲鳴なのか、もうわからない。私も用意しておいたタキシードに袖を通してみた。仕事以外でこんな豪華な服を着たのは、初めてかもしれない。
「……ねえ、私、似合ってますか」
ずるずると壁から床へ、ぐったりと倒れている紡にそう問いかけて、なんだか妙に嬉しくなって、体を起こしてそのままキスをした。
「あの世に行っても一緒です、誓いますよ。貴方も誓ってくれるでしょう?」
紡はもうろくに体の自由が利かないのだろう。虚ろな瞳を懸命に動かして私をとらえて、なにやら唇を震わせる。私は……何も答えず、何もくみ取ろうとせず、ただ……彼女に向けて、微笑んだ。最後に私は、用意していた最後の物を手に取って……彼女の首にそっとかけた。
「……色々、悩んだんですけどね」
麻縄が首に食い込むことをしっかり確認してから、長さを確認する。用意していた踏み台がちょうどよさそうだった。
「一緒に旅立つのに、なんだかいいじゃないですか。宙に浮いたまま逝ける、なんて」
空を飛んでるみたいでしょう?自分でも狂っているような言葉を笑いながら。私も自分の首に、縄をくくった。ふう、と息を大きく吐いてから、私もそっと、紡に飲ませた睡眠薬を……飲んだ。
「さて……」
紡を机の上に載せて、天井に縄をくくりつけた。彼女を抱きかかえたまま自分の縄を括りつけている間、私にも抗えない眠気がやってきて、それでもどうにか支度を終える。
これでいつ、気を失っても……もう、大丈夫。
「……紡。紡。もう、寝ちゃいましたか」
腕の中で寝息を立てる彼女の腕に、体に、首に、線状の傷跡が目立つ。
「辛かったですよね。ごめんなさい……もっと……」
もっと早く、こうしておけばよかった。
踏み台の上で、彼女の体を抱きしめた。愛しい体を何度も撫でて、自分で赤く染めた唇に何度も口づけて、やがて私の足も、ふらつき始めた。力が入らなくなっていく。
「……ふたり、で……ずっと。ずっと、いっしょに」
ずっといっしょに……。
かくん、と、からだが、ゆれ、た。
――。畳む
168日前(水 20:21:21) SS
「……?巳波さん、お昼の薬はもう……」
「……嫌ですね。私が管理しているんだから、疑わなくたって大丈夫ですよ。今日のお昼はまだ飲んでません」
「……でも、こんな……こんなのでしたっけ……」
「……飲めないなら飲ませてあげます」
錠を一つ、水を含んで無理やり彼女の唇と自分のそれを重ねた。今日に限って彼女は普通で、いつも通りで、でももうそれくらいでは引き返そうと思わないくらいに、私は壊れてしまっている。不審そうに嫌がる彼女の口の中に無理やり入れた錠は、何故だか甘い。諦めない私に根負けして、そのうち彼女はすべて飲み込んだ。そのまま彼女の唇をそっと舌でなぞって、口の中を味わっていく。ざらり、彼女の舌が絡まって、ああ、甘い。甘い。甘い……。
一通り彼女を味わって顔を離すと、焦点の定まらない瞳で彼女が私を見上げている。即効性のある薬というのは本当だったらしい。
「……巳波さん、これ、は……」
「大丈夫ですよ。いつもより少し強い安定剤をもらっていたんです。最近の貴方、不安定ですから」
「そ、そう……です、か……?」
既に呂律が怪しくなっている彼女が愛おしくて、そのまましばらく頭をなでる。髪の毛を指で梳くと、そっと手に寄り添ってくる彼女のそういうところは付き合った頃からなんら変わらない。好きで、好きで、好きで。彼女に付き合えないと言われるたびに引き裂かれそうだったことも、ついに彼女に受け入れてもらえた時にこの世のすべてを愛せそうに思えたことも、彼女が生涯を共にしてくれると頷いてくれた時の幸せも、すべてすべて。
――走馬灯。
「……準備しなくちゃ」
彼女のスマートフォンの電源を落とした。通知欄にあった「七瀬陸」の文字を見て、少しだけ罪悪感に襲われる。けれど、でも。もう、いいですよね。貴方たちに彼女はあげない。真っ黒になった画面を下にして、私のスマートフォンを切ろうとして……未読の通知にあるメンバーの名前に、一瞬だけたじろいだ。
――ねえ、紡さんと……別れなよ……もう巳波、見てらんないよ。そう言った亥清さんも、それを心配そうに見守ってくれていた狗丸さんも、御堂さんも……。
「……ごめんなさい」
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……。心の中で何度も謝りながら、自分のスマートフォンの画面も暗くなった。そっと床に置いて、遠くに蹴り飛ばした。きっと今夜電話が来るだろう。私はそれには出られない。
――私たちを最初に見つけてくれるのは、彼らだろうか。
「……み、なみ、さん……?」
「……大丈夫、傍にいますよ。……もうずっと一緒です。これでずっと……最期まで一緒ですよ……もう、私がいないって寂しくなって自傷しなくたっていいし……喚いて傷つくこともない」
「な、なんか、変……ですよ。みなみ、さ……」
「言っていたでしょう、ずっと一緒にいてほしいって。どこにも行かないで、傍にいてくれって。これしかないんです、もう。こうするしか……こうするしか、ないんですよ……」
身なりを整えていく。少し前に用意しておいた綺麗なドレスで彼女を彩る。力が入らない彼女を着せ替えるのは聊か大変ではあったけれど、ほら、こんなにも似合っている。
「結局、お互いに忙しくて式も挙げられませんでしたからね。ほら、ウエディングドレスには少し及ばないけれど……ああ、メイクアップも。勉強しておいたんです……ほら、整えるから、もう少し起きて……。……もう、起きてられませんか」
「な、んか……ちから、が」
「ふふ、へにゃへにゃで……可愛らしい」
大丈夫ですよ、そう言いながら彼女の体をそっと壁に寄りかからせて、彩っていく。このために数日、女優のメイクアップアーティストに練習させてもらっていたのだから。妻に化粧をしてあげたいのだと言ったら、ああ、さすが愛妻家ですね、と言って微笑まれた。
私たちのことはどう報道されるのだろうか。ぼんやりとそんなことを考えながら、彩った彼女の顔は、花が咲いたようだ。
「ほら。ね、私、結構要領いいつもりなんです。可愛いですよ、紡」
「……ぁ……」
「ふふ。嬉しいですか?そうですか……それならよかった」
ぁ、ぁ、と小さく聞こえる彼女の声は肯定なのか否定なのか、歓喜なのか悲鳴なのか、もうわからない。私も用意しておいたタキシードに袖を通してみた。仕事以外でこんな豪華な服を着たのは、初めてかもしれない。
「……ねえ、私、似合ってますか」
ずるずると壁から床へ、ぐったりと倒れている紡にそう問いかけて、なんだか妙に嬉しくなって、体を起こしてそのままキスをした。
「あの世に行っても一緒です、誓いますよ。貴方も誓ってくれるでしょう?」
紡はもうろくに体の自由が利かないのだろう。虚ろな瞳を懸命に動かして私をとらえて、なにやら唇を震わせる。私は……何も答えず、何もくみ取ろうとせず、ただ……彼女に向けて、微笑んだ。最後に私は、用意していた最後の物を手に取って……彼女の首にそっとかけた。
「……色々、悩んだんですけどね」
麻縄が首に食い込むことをしっかり確認してから、長さを確認する。用意していた踏み台がちょうどよさそうだった。
「一緒に旅立つのに、なんだかいいじゃないですか。宙に浮いたまま逝ける、なんて」
空を飛んでるみたいでしょう?自分でも狂っているような言葉を笑いながら。私も自分の首に、縄をくくった。ふう、と息を大きく吐いてから、私もそっと、紡に飲ませた睡眠薬を……飲んだ。
「さて……」
紡を机の上に載せて、天井に縄をくくりつけた。彼女を抱きかかえたまま自分の縄を括りつけている間、私にも抗えない眠気がやってきて、それでもどうにか支度を終える。
これでいつ、気を失っても……もう、大丈夫。
「……紡。紡。もう、寝ちゃいましたか」
腕の中で寝息を立てる彼女の腕に、体に、首に、線状の傷跡が目立つ。
「辛かったですよね。ごめんなさい……もっと……」
もっと早く、こうしておけばよかった。
踏み台の上で、彼女の体を抱きしめた。愛しい体を何度も撫でて、自分で赤く染めた唇に何度も口づけて、やがて私の足も、ふらつき始めた。力が入らなくなっていく。
「……ふたり、で……ずっと。ずっと、いっしょに」
ずっといっしょに……。
かくん、と、からだが、ゆれ、た。
――。畳む
168日前(水 20:21:21) SS
リュウ
>
みなつむSS
「紡!」
病院の廊下を勢いよく走っていく滑車を、巳波は追いかけながらも、集中治療室で遮られ、その扉にべったりと体をくっつけ、苦しそうな声をあげていた。
遺伝の可能性がある。早くに亡くなることもあるかもしれない。――お義父さんから結婚前に言われたことだった。覚悟はしていた。それでも。それでも。
両脇に抱えた、まだ自立できない子供たちを抱きしめた。巳波と紡の間に産まれた、ふたつの命。双子の愛する子供たち。
「……早すぎ、ですよ……こんなんじゃ……あんまりだ……」
かすれた声と共に、巳波は膝から崩れ落ちていく。
集中治療室のランプは、赤いままだった。
★
ハッとした時、紡はいつも通り小鳥遊プロダクションにいた。いつも通りスーツ姿で、髪をしっかりとまとめ、自分が整理している書類は……数年前、アイドリッシュセブンが行っていた仕事だ。懐かしい、と思いながら、しかし……日付を見て、言葉を失う。
(……時間が……戻って、る……?)
どこの日付を確認してもそうだった。「あの時」のまま。言葉を失う。そんな紡に、声をかけたのは万理だった。
「紡さん、どうしました?」
「……あ、あの、万理さん。つかぬことをお伺いしますが……。……私って、小鳥遊紡……です、か?」
「え?は、はい……?」
「……子供とかって……いません、よね?」
「え!?子供、いらっしゃるんですか!?だ、誰と……」
「ああいえ!いません!あは、あ、あはは!」
愛想笑いをしながら、スケジュール帳を見て、それでは、と別れを告げる。プロダクションを出て、アイドリッシュセブンのみんなと一日を共にする。
(……今まで……)
ぼんやりと、思い出す。そう、私は……棗巳波と結婚して、棗紡になって。子供も二人いて。けれど……当初考えたように、時間が戻るなんてありえることでもない。だから。
(……今までのことが、夢だったんだ……)
ものすごく長い夢を見ていた。
ただ、それだけだったんだ。
……きゅ、と、紡の胸の奥が痺れていく。
「ŹOOĻさん、今日はよろしくお願いします。あ、悠さん、メイク変えたんですね!巳波さんも、新しい衣装とても似合ってて……」
いつも通り挨拶をかわそうとして、そう呼んだ時、亥清悠も棗巳波も怪訝そうな顔をした。そうだ。あれは、夢だったんだ。私たちは……名前で呼ぶような仲ではなかった。あの日、あの時、突然巳波が接触してくるまで、紡はŹOOĻのメンバーを名前で呼ぶことは無かった。だから。
「……あ、その!すみません、昨日……番組見てたら、呼び方がうつっちゃって!」
「あー……そう?」
「そう、ですか?」
「すみません、失礼いたしました。それでは、また後ほど……」
そんな巳波の反応を見て、紡は確信した。
夢、だったのだと。
でも、まあ、そうか、とも思う。自分は他社のタレントと付き合わないと決めていたし、あんなに魅力的なタレントが自分のようないちマネージャーに惚れ込んでくれるのだって、夢みたいな話で。
夢であったほうが、しっくり来てしまう話で。
(……そっか)
夢の中での感覚は、いまも生々しく紡の心に、体に残っている。なんども重ねた唇も、なんども重ねた体も、子供も。恥ずかしい。すべて、嘘だったのに。
(……私って、深層心理で棗さんのこと、好きだったのかなぁ)
巳波さん、そう口が覚えている。これも……長い夢を、見ていたせいなのだろう……。
それから数日が経った。やっとŹOOĻに対して親し過ぎない距離を思い出したし、うまく付き合えていると思っている。仕事も、なんだかやったことがあるようなものもあれば、違うものもある。忙しいけれど、紡はこの忙しさが嫌いではなかった。
紡はこの局で、見晴らしがよく人がいない……裏を返せば使いづらいこの休憩所が好きだった。自動販売機でコーヒーを買って、景色を見ながら一息つく。秘密の休憩所。と。
「……お隣、よろしいですか?」
「……!み……棗さん!ええ、どうぞ!」
「では失礼します」
棗巳波は一人だった。紡はほんのり緊張しつつ、長い夢のことを思い出しては思考から消した。勝手にこの人との存在しない未来を紡いでいた。それが恐ろしかった。しかし……紡だって巳波を愛してしまっている。だから、その横顔も……やや振り返った顔も、仕草も、服装や体つきも。……そっと、手を伸ばして触れたくなる。そんなふうに思えて、違う、やってはいけないのだ、と心を押さえ込んだ。
「ŹOOĻさん、いま休憩なんですか?」
「いえ、今日は私、撮影のお仕事で。だからひとりですよ。ここ、いいですよね、休憩所、静かで」
「あはは、私も好きなんです。わかります」
「ふふ」
巳波は笑いながら、そっと右側の髪を耳にかけた。紡だけでなく、ファンも知っている。彼の癖だった。細長く白い指が、色素の薄い髪を梳くその仕草は、人気の一因にもなっている。しばし見惚れながら、慌ててコーヒーをあおった。ホットだったのを忘れて、飲み込めずに苦しんでから、ようやく飲み込むと、隣の巳波はクスクスと笑う。
「大丈夫ですか。慌てて飲まない方がいいと思いますよ」
「す、すみません……!」
「火傷しますよ」
「そ、そうですよね」
「……それでは私はアイスコーヒーを飲み干したので。仕事に戻ります、また現場が同じ時はよろしくお願いしますね、小鳥遊さん」
「あっ……はい!み……。棗さんも、撮影頑張ってください!次のドラマも、楽しみにしてますから!」
巳波は一瞬紡に対して目を丸くしてから、いつものように読めない笑顔で別れを告げて去っていく。歩いていく。離れていく巳波の後ろ姿を見ながら、紡は自分の気持ちを持て余していた。
(……早く、忘れなきゃいけないのにな)
夢、なんて。体のどこかがぎゅっと傷んだ。
長い夢の中で、巳波と紡の運命が交差したのも突然の事だったな、と紡は思った。仕事が少ない日はいけない、余計なことを考えてしまう。元から紡は仕事人間だ。高卒で父のプロダクションへ入社し、七瀬陸やアイドリッシュセブンのメンバーを応援すること。ひいては彼らを売ること。それだけを考えて、ここにいた。そんなある日、巳波が紡に声をかけたのだ。
――小鳥遊さん、マネージャーやメンバーに言えない悩みがあって。聞いて欲しいんですけど。
そう言われたら、紡は断れない。今思えば、夢の中の巳波はそれを知っていたのかもしれない。アイドルを応援することが、紡の生きがいだから。そんな彼らが悩んでいるのなら、いくらだって身を切り売りする。
だからこそ、付き合ってくれ、と言われた時には紡は……嫌悪感すら覚えたのだ。
『それは、どこへお付き合いすればよろしいんでしょう』
『いえ。恋人として、お付き合いがしたいという意味ですよ』
『……他社のタレントさんとそのような関係にはなれません。すみません』
『ああ、待ってください。……この業界、タブーとはされてますけど他社のタレントとどこかの事務員やマネージャーが恋愛関係を持つのは珍しい事じゃありませんよ。そんな理由で私を振らないで』
『すみませんが……』
『待って。タレントの棗巳波ではなく、私を……棗巳波という一人の男として、見て、考えて下さい、お返事はいつだって構いません』
『お断りいたします。私たちは連絡先も知らないじゃないですか……すみません、お話がそれだけなら、失礼します』
『……ああ、小鳥遊さ――』
あの天才子役、芸能界でも新人よりもベテラン寄りの棗巳波ですら、誰か女性を求める。それは、紡にとって少しショックな話でもあった。悩みがあると呼び出されて、告白されたことに裏切られた気持ちもあった。……紡は俳優・棗巳波のファンのひとりでもあったからだ。
自分は秀でて容姿がいいわけでもないし、なにか能力があるわけでもない。タレントが自分を好むのだって、ちょうどいい遊び相手なのだろう。紡はずっと、そう思っていた。それからは巳波にはそれまで以上に近寄らなくなった。少し距離を置けば、きっとわかってくれる。そう思って。
けれど、夢の中の巳波はそうではなかった。それを機に、柔らかく話しかけてくる回数が増えた。邪険にするほどでもないが、デートに誘われることすらあった。全て断った最後に、巳波は名刺を渡してきた。
『名刺なら、もう持ってますけど……』
『……裏、私のラビチャIDが載ってますから』
少し紡に顔を近づけ、こっそりそう言う巳波は、ミステリアスで大人っぽい雰囲気ではなく、イタズラを考えている子供のようだった。それなら頂けない、と断る紡に無理やり押し付けて、巳波は去っていった。
結局その数日後、紡は現場が混乱した際に宇津木と連絡がうまく取れず、悩んだ末に巳波のIDに連絡をした。
『すみません、宇津木さんと連絡が取れなくて。ただいま現場が混乱していまして……』
『ご連絡、ありがとうございます。そうみたいですね。ŹOOĻ、出番早まりました?』
『はい、Aスタジオで5分後に、と言われたんですが』
『大丈夫です、揃っていますので向かいます』
『ありがとうございます』
初めてのラビチャも、そんな簡素な業務連絡だったのだ。
★
「ぱーぱ?」
「……はい、パパですよ」
「まーま……」
「……ママは……いま、眠いんだって……」
「まーま……」
「はやく……起きてくれたら、いいのにね……」
双子のうち、妹は元気がよく、発話も早かった。パパ、ママ、は理解して使っているようだった。兄の方は発話は妹ほど進んでいないが、眠ったり起きたりするたび、母親を見つめている気がする。
今夜が山ですね。医者はそう言った。心電図の音が無機質に響く部屋。点滴に、吸入器に、様々な機械が……彼女の、妻の体を覆っている。
彼女は愛されている。だから、色んな人が病室までかけつけてくれたらしいのだが、家族ですら無理やり入れてもらっただけだった。誰も会わせることは出来ないと言われた。それを押し切って妻に会わせてもらっている。
「……紡……」
名前を呼んでも、彼女の目が開くことは無い。苦しそうにする彼女に出来ることは……そっと、手を握ることだけだった。しかし、その手が握り返してくれることは無い。
彼女の左手を、そっと両手で包み込んだ。その薬指には、自分がはめた結婚指輪がしっかりと存在している。
「……紡、行かないで。帰ってきて……どうか……」
私を置いていかないで……。
巳波の悲痛な声も虚しく、心電図の音は、次第にゆっくりと響いていった。
★
毎日をもっと忙しくして、余計なことを考えるのをやめよう。紡はそう思い、仕事を増やしてもらってすらいた。今までよりもっと現場に出て、今までよりも事務仕事をした。変な夢など、早く忘れてしまおう。……棗巳波に、迷惑だ。他社のタレントに迷惑をかけてはいけない――。
「……紡さん、大丈夫ですか?そんなに忙しくして」
「あはは、大丈夫ですよ」
心配そうにする万理やアイドリッシュセブンの彼らを受け流し、本当は少しキツイくらいで毎日を回した。体も心もキツかった。けれど、それでいいと思った。
何もしていない時間に、長かった夢のことを考えてしまう自分が嫌だったのだ。その分、どんどん仕事にのめり込んでいった。
(今日は……共演はŹOOĻ……)
スケジュールを見て、気を引きしめる。ŹOOĻとは特に注意して、それなりの距離を保たねばならない。……夢の中で随分と、親しくしてしまったから。
楽屋に挨拶をする時も、できるだけ儀礼的に済ませた。そのあとマネージャー同士で挨拶して、そそくさと去った。
変なところはなかっただろうか、そんな不安を抱えつつ、次の仕事の準備にかかる。提出しなければならないものも、作成して。目が回るような……いや、目を回すための仕事を必死にこなしていく。アイドリッシュセブンの出番の直前には袖に一緒についていた。ちょうど……アイドリッシュセブンの前は、ŹOOĻだったようだった。
ふと顔を上げた時、軽々とパフォーマーの二人が側転をして、紡は目を奪われた。やはり、美しい。ŹOOĻは全てがハイパフォーマンスで。綺麗で。
……棗巳波は、とても……美しい。
出番を終えたŹOOĻが戻ってくる。アイドリッシュセブンが入れ替わる。メンバーを見送る。歩いてくるŹOOĻが、自分の隣を通った。自然と目が追う。汗だくの彼らは、いつかの険悪な雰囲気ではなく、お互いを信頼したリラックスした雰囲気で、笑いあっている。……微笑ましい気持ちで見つめていると、ふと、棗巳波と目が合った。こちらを、訝しんでいるのだろうか。
しまった。
紡は急いで目をそらす。
これでは……まるで、紡が巳波に惚れているかのようじゃないか。
仕事。仕事。仕事仕事仕事仕事仕事。
仕事で流し込んでしまおう、こんな想いも、気持ちも、夢も、全てを……。
詰めに詰めた紡の仕事が一段落したのは、数日後の日付も変わった頃だった。アイドリッシュセブンを全員家に帰し、紡は局の人のいない休憩所で、倒れるように座り込んだ。
「……疲れたな……」
そのおかげで、余計なことは考えなくなっていった。あの夢のことも、少しずつ忘れていっている。これでいいんだ。そのまま、睡魔が襲ってくる。
こんなところで寝てはいけない。そう思いながらも、体はそのまま沈んでいった。
「……あれ……」
目を覚ました時、時計を見て一時間ほど眠っていたのだとわかった。起き上がろうとした時、する、と何かが自分の背から落ちた。……上着だ。落ち着いた色のコートには、見覚えがある。そっと拾うと、隣に誰かいることに気がついて……自分を覗き込んでいる人物に気がついた。
「……み……棗、さん」
「おはようございます、小鳥遊さん。起こしたんですけど、全然起きなかったので。疲れているのではないですか。最近、忙しくしていたように見えましたが」
「あ、あはは……ありがとうございます……」
まさか、貴方のことを忘れたくて頑張っていた、とも言えない。忘れるも何も、現実では紡と巳波の間には何も無い。紡は眠っていたことを知られた恥ずかしさも相まって、とりあえずコートを綺麗に畳んで、巳波に差し出した。そんな様子を見て、巳波はまた笑う。
「……あの、小鳥遊さん」
「あ、はい、なんでしょう」
「……帰るべき所へ、帰るべきなのではないかと思いますよ、私は……」
「……?なんの、話……」
巳波は紡に渡されたコートを手で撫でながら、紡をじっと見つめた。
「数日前、突然貴方は私と亥清さんを名前で呼んだ。それまで少し距離のあった私たちと、ある日突然、まるで……そうですね、バグを起こしたかのように近づいて。けれど、今度は慌てて離れて……」
「あ、あは、は……すみません!たまたまŹOOĻのみなさんの活動を勉強していたら、気持ちが近くなってしまって」
「貴方は仕事に対してプロフェッショナルです。そんな言い訳、信じられませんよ」
紡は巳波の顔を盗み見た。なんとも言えない。それは、何も感じさせないように、こちらに悟らせないようにとする時の巳波の表情そのものだった。
「……ねえ、小鳥遊さん……」
巳凪と巳麦という名前、聞き覚え、ありませんか。
巳波が言った。紡はしばらく、言葉を発せなかった。
それは……紡と巳波の、あの夢の中で出来た、双子の子供の名前だったから。
「……な、なんで……なんで、それを、棗さんが」
その名前を。
そう言った紡の顔を見て、ふ、と巳波が笑う。そう思ったあと、紡は……いや、と思いなおす。
この人は……。本当によく似ているが、この人は……棗巳波では……ない。姿形は、棗巳波だけれど……。そう思った通り、巳波であることをやめたかのように、口調を崩して笑う。
「……ねえ。そろそろ、起きて。……パパが、ずっと泣いてる」
「……貴方……は……」
紡。
名前を呼ばれた気がした。途端、世界が次々歪に壊れていく。
紡……。
まるで壊れた画像データのように、一部ずつ、世界の景色が崩れていく。
「……さあ」
巳波の姿をした、彼が手を差し出した。
「帰ろう、ママ。ここは……ママが居るべき世界じゃないよ。元の世界に、帰ろう……」
★
心電図が高い音を鳴り響かせた後、何も巳波の頭に言葉は入らなかった。医師は彼女の体を確認していく。……死んでいることを、証明するために。
娘は泣いていた。息子は眠っていた。……巳波もまた、泣いていた。
そんな巳波が病室を出ていこうとしたその時……心電図の音が……少し、変わった。はっとして、振り向く。巳波はそのままベッドに駆け寄った。部屋の誰もが、信じられないという顔をしていた。部屋中が混乱していた。そんな時……息子も、ぱちりと目を開けた。
「紡。……紡!」
名前を呼んで、手を握る。巳波の声が聞こえたのか、ゆっくりと……紡が目を開ける。
「棗……。……巳波……さん?」
「……紡……!」
巳波は子供をそっとおろして、紡の体を抱きしめた。まだぼんやりとしていて、焦点は定まっていないが、巳波の名前を呼んだ。
奇跡は起きた。巳波は次に子供たちを抱きしめて、よかった、よかった、と涙ながらに言った。
紡は少しずつ回復していった。退院してしばらくも、ベッドから自分で起き上がることはなかなか難しかったが、巳波も全力でリハビリと世話に徹した。
「……夢、だったのかな」
「夢?」
「長い夢を見てたんです……」
「……夢占い、して差し上げますよ。どんな夢、見てたんですか」
「……私たちが……付き合ってなかった頃の……でも……なんか、妙なんですよね。最後、目を覚ます前……夢の中の巳波さんが、急に子供たちの名前を言って……パパが泣いてる、とか言って……。私、あれは……巳波さんじゃなかったと……思うんですよね……」
「……そう、ですか……」
ぼんやりとしている紡とは裏腹に、巳波はそっと、眠っている息子の姿を眺めた。あの時、娘は起きていたが、息子はずっと眠っていた。息子は生まれつき、やや体が弱い。七瀬陸のことを思った。彼もまた、生まれつきずっと死に近いから……幽霊が見えたりと、スピリチュアルな一面を持つ。
「……巳凪じゃないかな」
「え?」
「貴方を迎えに行ったの。巳凪だと思います……根拠は……ないですけど」
自分でも馬鹿らしいことを言っただろうか、と思い、巳波は自嘲気味に笑った。しかし、紡は何だかしっくりきたような顔をしている。
「そう、なのかも。巳凪かぁ。そっか……迎えに来てくれたんだね……」
「……ねえ、紡」
「はい」
「貴方は……生きるためにもしかしたら、別の……パラレルワールドに行っていたのかもしれません。でも……そんなの嫌です。私がいる、この世界で生きていて」
「……巳波、さん」
「私、わがままなんです。知っているでしょう。……わがまま、聞いてください。ずっとそばにいて……ちゃんと私の、私の家族でいて」
そう言いながら、優しく紡を抱きしめると、紡は力がないまま、そっと巳波の背に手を伸ばした。
「……貴方を、他の世界の私にだってあげません……」
私だけの貴方でいて。そしてこの子達の、親でいて。
巳波の言葉に、そっと紡は目を閉じ、寄り添った。
幸せな夢を見ているのだろうか。二人の息子もまた、微笑んだ気がした。
畳む 229日前(金 21:40:52) SS,二次語り
「紡!」
病院の廊下を勢いよく走っていく滑車を、巳波は追いかけながらも、集中治療室で遮られ、その扉にべったりと体をくっつけ、苦しそうな声をあげていた。
遺伝の可能性がある。早くに亡くなることもあるかもしれない。――お義父さんから結婚前に言われたことだった。覚悟はしていた。それでも。それでも。
両脇に抱えた、まだ自立できない子供たちを抱きしめた。巳波と紡の間に産まれた、ふたつの命。双子の愛する子供たち。
「……早すぎ、ですよ……こんなんじゃ……あんまりだ……」
かすれた声と共に、巳波は膝から崩れ落ちていく。
集中治療室のランプは、赤いままだった。
★
ハッとした時、紡はいつも通り小鳥遊プロダクションにいた。いつも通りスーツ姿で、髪をしっかりとまとめ、自分が整理している書類は……数年前、アイドリッシュセブンが行っていた仕事だ。懐かしい、と思いながら、しかし……日付を見て、言葉を失う。
(……時間が……戻って、る……?)
どこの日付を確認してもそうだった。「あの時」のまま。言葉を失う。そんな紡に、声をかけたのは万理だった。
「紡さん、どうしました?」
「……あ、あの、万理さん。つかぬことをお伺いしますが……。……私って、小鳥遊紡……です、か?」
「え?は、はい……?」
「……子供とかって……いません、よね?」
「え!?子供、いらっしゃるんですか!?だ、誰と……」
「ああいえ!いません!あは、あ、あはは!」
愛想笑いをしながら、スケジュール帳を見て、それでは、と別れを告げる。プロダクションを出て、アイドリッシュセブンのみんなと一日を共にする。
(……今まで……)
ぼんやりと、思い出す。そう、私は……棗巳波と結婚して、棗紡になって。子供も二人いて。けれど……当初考えたように、時間が戻るなんてありえることでもない。だから。
(……今までのことが、夢だったんだ……)
ものすごく長い夢を見ていた。
ただ、それだけだったんだ。
……きゅ、と、紡の胸の奥が痺れていく。
「ŹOOĻさん、今日はよろしくお願いします。あ、悠さん、メイク変えたんですね!巳波さんも、新しい衣装とても似合ってて……」
いつも通り挨拶をかわそうとして、そう呼んだ時、亥清悠も棗巳波も怪訝そうな顔をした。そうだ。あれは、夢だったんだ。私たちは……名前で呼ぶような仲ではなかった。あの日、あの時、突然巳波が接触してくるまで、紡はŹOOĻのメンバーを名前で呼ぶことは無かった。だから。
「……あ、その!すみません、昨日……番組見てたら、呼び方がうつっちゃって!」
「あー……そう?」
「そう、ですか?」
「すみません、失礼いたしました。それでは、また後ほど……」
そんな巳波の反応を見て、紡は確信した。
夢、だったのだと。
でも、まあ、そうか、とも思う。自分は他社のタレントと付き合わないと決めていたし、あんなに魅力的なタレントが自分のようないちマネージャーに惚れ込んでくれるのだって、夢みたいな話で。
夢であったほうが、しっくり来てしまう話で。
(……そっか)
夢の中での感覚は、いまも生々しく紡の心に、体に残っている。なんども重ねた唇も、なんども重ねた体も、子供も。恥ずかしい。すべて、嘘だったのに。
(……私って、深層心理で棗さんのこと、好きだったのかなぁ)
巳波さん、そう口が覚えている。これも……長い夢を、見ていたせいなのだろう……。
それから数日が経った。やっとŹOOĻに対して親し過ぎない距離を思い出したし、うまく付き合えていると思っている。仕事も、なんだかやったことがあるようなものもあれば、違うものもある。忙しいけれど、紡はこの忙しさが嫌いではなかった。
紡はこの局で、見晴らしがよく人がいない……裏を返せば使いづらいこの休憩所が好きだった。自動販売機でコーヒーを買って、景色を見ながら一息つく。秘密の休憩所。と。
「……お隣、よろしいですか?」
「……!み……棗さん!ええ、どうぞ!」
「では失礼します」
棗巳波は一人だった。紡はほんのり緊張しつつ、長い夢のことを思い出しては思考から消した。勝手にこの人との存在しない未来を紡いでいた。それが恐ろしかった。しかし……紡だって巳波を愛してしまっている。だから、その横顔も……やや振り返った顔も、仕草も、服装や体つきも。……そっと、手を伸ばして触れたくなる。そんなふうに思えて、違う、やってはいけないのだ、と心を押さえ込んだ。
「ŹOOĻさん、いま休憩なんですか?」
「いえ、今日は私、撮影のお仕事で。だからひとりですよ。ここ、いいですよね、休憩所、静かで」
「あはは、私も好きなんです。わかります」
「ふふ」
巳波は笑いながら、そっと右側の髪を耳にかけた。紡だけでなく、ファンも知っている。彼の癖だった。細長く白い指が、色素の薄い髪を梳くその仕草は、人気の一因にもなっている。しばし見惚れながら、慌ててコーヒーをあおった。ホットだったのを忘れて、飲み込めずに苦しんでから、ようやく飲み込むと、隣の巳波はクスクスと笑う。
「大丈夫ですか。慌てて飲まない方がいいと思いますよ」
「す、すみません……!」
「火傷しますよ」
「そ、そうですよね」
「……それでは私はアイスコーヒーを飲み干したので。仕事に戻ります、また現場が同じ時はよろしくお願いしますね、小鳥遊さん」
「あっ……はい!み……。棗さんも、撮影頑張ってください!次のドラマも、楽しみにしてますから!」
巳波は一瞬紡に対して目を丸くしてから、いつものように読めない笑顔で別れを告げて去っていく。歩いていく。離れていく巳波の後ろ姿を見ながら、紡は自分の気持ちを持て余していた。
(……早く、忘れなきゃいけないのにな)
夢、なんて。体のどこかがぎゅっと傷んだ。
長い夢の中で、巳波と紡の運命が交差したのも突然の事だったな、と紡は思った。仕事が少ない日はいけない、余計なことを考えてしまう。元から紡は仕事人間だ。高卒で父のプロダクションへ入社し、七瀬陸やアイドリッシュセブンのメンバーを応援すること。ひいては彼らを売ること。それだけを考えて、ここにいた。そんなある日、巳波が紡に声をかけたのだ。
――小鳥遊さん、マネージャーやメンバーに言えない悩みがあって。聞いて欲しいんですけど。
そう言われたら、紡は断れない。今思えば、夢の中の巳波はそれを知っていたのかもしれない。アイドルを応援することが、紡の生きがいだから。そんな彼らが悩んでいるのなら、いくらだって身を切り売りする。
だからこそ、付き合ってくれ、と言われた時には紡は……嫌悪感すら覚えたのだ。
『それは、どこへお付き合いすればよろしいんでしょう』
『いえ。恋人として、お付き合いがしたいという意味ですよ』
『……他社のタレントさんとそのような関係にはなれません。すみません』
『ああ、待ってください。……この業界、タブーとはされてますけど他社のタレントとどこかの事務員やマネージャーが恋愛関係を持つのは珍しい事じゃありませんよ。そんな理由で私を振らないで』
『すみませんが……』
『待って。タレントの棗巳波ではなく、私を……棗巳波という一人の男として、見て、考えて下さい、お返事はいつだって構いません』
『お断りいたします。私たちは連絡先も知らないじゃないですか……すみません、お話がそれだけなら、失礼します』
『……ああ、小鳥遊さ――』
あの天才子役、芸能界でも新人よりもベテラン寄りの棗巳波ですら、誰か女性を求める。それは、紡にとって少しショックな話でもあった。悩みがあると呼び出されて、告白されたことに裏切られた気持ちもあった。……紡は俳優・棗巳波のファンのひとりでもあったからだ。
自分は秀でて容姿がいいわけでもないし、なにか能力があるわけでもない。タレントが自分を好むのだって、ちょうどいい遊び相手なのだろう。紡はずっと、そう思っていた。それからは巳波にはそれまで以上に近寄らなくなった。少し距離を置けば、きっとわかってくれる。そう思って。
けれど、夢の中の巳波はそうではなかった。それを機に、柔らかく話しかけてくる回数が増えた。邪険にするほどでもないが、デートに誘われることすらあった。全て断った最後に、巳波は名刺を渡してきた。
『名刺なら、もう持ってますけど……』
『……裏、私のラビチャIDが載ってますから』
少し紡に顔を近づけ、こっそりそう言う巳波は、ミステリアスで大人っぽい雰囲気ではなく、イタズラを考えている子供のようだった。それなら頂けない、と断る紡に無理やり押し付けて、巳波は去っていった。
結局その数日後、紡は現場が混乱した際に宇津木と連絡がうまく取れず、悩んだ末に巳波のIDに連絡をした。
『すみません、宇津木さんと連絡が取れなくて。ただいま現場が混乱していまして……』
『ご連絡、ありがとうございます。そうみたいですね。ŹOOĻ、出番早まりました?』
『はい、Aスタジオで5分後に、と言われたんですが』
『大丈夫です、揃っていますので向かいます』
『ありがとうございます』
初めてのラビチャも、そんな簡素な業務連絡だったのだ。
★
「ぱーぱ?」
「……はい、パパですよ」
「まーま……」
「……ママは……いま、眠いんだって……」
「まーま……」
「はやく……起きてくれたら、いいのにね……」
双子のうち、妹は元気がよく、発話も早かった。パパ、ママ、は理解して使っているようだった。兄の方は発話は妹ほど進んでいないが、眠ったり起きたりするたび、母親を見つめている気がする。
今夜が山ですね。医者はそう言った。心電図の音が無機質に響く部屋。点滴に、吸入器に、様々な機械が……彼女の、妻の体を覆っている。
彼女は愛されている。だから、色んな人が病室までかけつけてくれたらしいのだが、家族ですら無理やり入れてもらっただけだった。誰も会わせることは出来ないと言われた。それを押し切って妻に会わせてもらっている。
「……紡……」
名前を呼んでも、彼女の目が開くことは無い。苦しそうにする彼女に出来ることは……そっと、手を握ることだけだった。しかし、その手が握り返してくれることは無い。
彼女の左手を、そっと両手で包み込んだ。その薬指には、自分がはめた結婚指輪がしっかりと存在している。
「……紡、行かないで。帰ってきて……どうか……」
私を置いていかないで……。
巳波の悲痛な声も虚しく、心電図の音は、次第にゆっくりと響いていった。
★
毎日をもっと忙しくして、余計なことを考えるのをやめよう。紡はそう思い、仕事を増やしてもらってすらいた。今までよりもっと現場に出て、今までよりも事務仕事をした。変な夢など、早く忘れてしまおう。……棗巳波に、迷惑だ。他社のタレントに迷惑をかけてはいけない――。
「……紡さん、大丈夫ですか?そんなに忙しくして」
「あはは、大丈夫ですよ」
心配そうにする万理やアイドリッシュセブンの彼らを受け流し、本当は少しキツイくらいで毎日を回した。体も心もキツかった。けれど、それでいいと思った。
何もしていない時間に、長かった夢のことを考えてしまう自分が嫌だったのだ。その分、どんどん仕事にのめり込んでいった。
(今日は……共演はŹOOĻ……)
スケジュールを見て、気を引きしめる。ŹOOĻとは特に注意して、それなりの距離を保たねばならない。……夢の中で随分と、親しくしてしまったから。
楽屋に挨拶をする時も、できるだけ儀礼的に済ませた。そのあとマネージャー同士で挨拶して、そそくさと去った。
変なところはなかっただろうか、そんな不安を抱えつつ、次の仕事の準備にかかる。提出しなければならないものも、作成して。目が回るような……いや、目を回すための仕事を必死にこなしていく。アイドリッシュセブンの出番の直前には袖に一緒についていた。ちょうど……アイドリッシュセブンの前は、ŹOOĻだったようだった。
ふと顔を上げた時、軽々とパフォーマーの二人が側転をして、紡は目を奪われた。やはり、美しい。ŹOOĻは全てがハイパフォーマンスで。綺麗で。
……棗巳波は、とても……美しい。
出番を終えたŹOOĻが戻ってくる。アイドリッシュセブンが入れ替わる。メンバーを見送る。歩いてくるŹOOĻが、自分の隣を通った。自然と目が追う。汗だくの彼らは、いつかの険悪な雰囲気ではなく、お互いを信頼したリラックスした雰囲気で、笑いあっている。……微笑ましい気持ちで見つめていると、ふと、棗巳波と目が合った。こちらを、訝しんでいるのだろうか。
しまった。
紡は急いで目をそらす。
これでは……まるで、紡が巳波に惚れているかのようじゃないか。
仕事。仕事。仕事仕事仕事仕事仕事。
仕事で流し込んでしまおう、こんな想いも、気持ちも、夢も、全てを……。
詰めに詰めた紡の仕事が一段落したのは、数日後の日付も変わった頃だった。アイドリッシュセブンを全員家に帰し、紡は局の人のいない休憩所で、倒れるように座り込んだ。
「……疲れたな……」
そのおかげで、余計なことは考えなくなっていった。あの夢のことも、少しずつ忘れていっている。これでいいんだ。そのまま、睡魔が襲ってくる。
こんなところで寝てはいけない。そう思いながらも、体はそのまま沈んでいった。
「……あれ……」
目を覚ました時、時計を見て一時間ほど眠っていたのだとわかった。起き上がろうとした時、する、と何かが自分の背から落ちた。……上着だ。落ち着いた色のコートには、見覚えがある。そっと拾うと、隣に誰かいることに気がついて……自分を覗き込んでいる人物に気がついた。
「……み……棗、さん」
「おはようございます、小鳥遊さん。起こしたんですけど、全然起きなかったので。疲れているのではないですか。最近、忙しくしていたように見えましたが」
「あ、あはは……ありがとうございます……」
まさか、貴方のことを忘れたくて頑張っていた、とも言えない。忘れるも何も、現実では紡と巳波の間には何も無い。紡は眠っていたことを知られた恥ずかしさも相まって、とりあえずコートを綺麗に畳んで、巳波に差し出した。そんな様子を見て、巳波はまた笑う。
「……あの、小鳥遊さん」
「あ、はい、なんでしょう」
「……帰るべき所へ、帰るべきなのではないかと思いますよ、私は……」
「……?なんの、話……」
巳波は紡に渡されたコートを手で撫でながら、紡をじっと見つめた。
「数日前、突然貴方は私と亥清さんを名前で呼んだ。それまで少し距離のあった私たちと、ある日突然、まるで……そうですね、バグを起こしたかのように近づいて。けれど、今度は慌てて離れて……」
「あ、あは、は……すみません!たまたまŹOOĻのみなさんの活動を勉強していたら、気持ちが近くなってしまって」
「貴方は仕事に対してプロフェッショナルです。そんな言い訳、信じられませんよ」
紡は巳波の顔を盗み見た。なんとも言えない。それは、何も感じさせないように、こちらに悟らせないようにとする時の巳波の表情そのものだった。
「……ねえ、小鳥遊さん……」
巳凪と巳麦という名前、聞き覚え、ありませんか。
巳波が言った。紡はしばらく、言葉を発せなかった。
それは……紡と巳波の、あの夢の中で出来た、双子の子供の名前だったから。
「……な、なんで……なんで、それを、棗さんが」
その名前を。
そう言った紡の顔を見て、ふ、と巳波が笑う。そう思ったあと、紡は……いや、と思いなおす。
この人は……。本当によく似ているが、この人は……棗巳波では……ない。姿形は、棗巳波だけれど……。そう思った通り、巳波であることをやめたかのように、口調を崩して笑う。
「……ねえ。そろそろ、起きて。……パパが、ずっと泣いてる」
「……貴方……は……」
紡。
名前を呼ばれた気がした。途端、世界が次々歪に壊れていく。
紡……。
まるで壊れた画像データのように、一部ずつ、世界の景色が崩れていく。
「……さあ」
巳波の姿をした、彼が手を差し出した。
「帰ろう、ママ。ここは……ママが居るべき世界じゃないよ。元の世界に、帰ろう……」
★
心電図が高い音を鳴り響かせた後、何も巳波の頭に言葉は入らなかった。医師は彼女の体を確認していく。……死んでいることを、証明するために。
娘は泣いていた。息子は眠っていた。……巳波もまた、泣いていた。
そんな巳波が病室を出ていこうとしたその時……心電図の音が……少し、変わった。はっとして、振り向く。巳波はそのままベッドに駆け寄った。部屋の誰もが、信じられないという顔をしていた。部屋中が混乱していた。そんな時……息子も、ぱちりと目を開けた。
「紡。……紡!」
名前を呼んで、手を握る。巳波の声が聞こえたのか、ゆっくりと……紡が目を開ける。
「棗……。……巳波……さん?」
「……紡……!」
巳波は子供をそっとおろして、紡の体を抱きしめた。まだぼんやりとしていて、焦点は定まっていないが、巳波の名前を呼んだ。
奇跡は起きた。巳波は次に子供たちを抱きしめて、よかった、よかった、と涙ながらに言った。
紡は少しずつ回復していった。退院してしばらくも、ベッドから自分で起き上がることはなかなか難しかったが、巳波も全力でリハビリと世話に徹した。
「……夢、だったのかな」
「夢?」
「長い夢を見てたんです……」
「……夢占い、して差し上げますよ。どんな夢、見てたんですか」
「……私たちが……付き合ってなかった頃の……でも……なんか、妙なんですよね。最後、目を覚ます前……夢の中の巳波さんが、急に子供たちの名前を言って……パパが泣いてる、とか言って……。私、あれは……巳波さんじゃなかったと……思うんですよね……」
「……そう、ですか……」
ぼんやりとしている紡とは裏腹に、巳波はそっと、眠っている息子の姿を眺めた。あの時、娘は起きていたが、息子はずっと眠っていた。息子は生まれつき、やや体が弱い。七瀬陸のことを思った。彼もまた、生まれつきずっと死に近いから……幽霊が見えたりと、スピリチュアルな一面を持つ。
「……巳凪じゃないかな」
「え?」
「貴方を迎えに行ったの。巳凪だと思います……根拠は……ないですけど」
自分でも馬鹿らしいことを言っただろうか、と思い、巳波は自嘲気味に笑った。しかし、紡は何だかしっくりきたような顔をしている。
「そう、なのかも。巳凪かぁ。そっか……迎えに来てくれたんだね……」
「……ねえ、紡」
「はい」
「貴方は……生きるためにもしかしたら、別の……パラレルワールドに行っていたのかもしれません。でも……そんなの嫌です。私がいる、この世界で生きていて」
「……巳波、さん」
「私、わがままなんです。知っているでしょう。……わがまま、聞いてください。ずっとそばにいて……ちゃんと私の、私の家族でいて」
そう言いながら、優しく紡を抱きしめると、紡は力がないまま、そっと巳波の背に手を伸ばした。
「……貴方を、他の世界の私にだってあげません……」
私だけの貴方でいて。そしてこの子達の、親でいて。
巳波の言葉に、そっと紡は目を閉じ、寄り添った。
幸せな夢を見ているのだろうか。二人の息子もまた、微笑んだ気がした。
畳む 229日前(金 21:40:52) SS,二次語り