屋根裏呟き処

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Icon of reverseroof リュウ 今日のおかず、けっこう好きな話なんだけど「王がいきなり厨房に入ってくる」とかいう従者びっくりイベント可哀想すぎて笑う
Icon of reverseroof リュウ ミヅキとカイト 今日のおかず

 頭の中がぐわぐわしていた。なにも纏まらなくて、ぐちゃぐちゃで。こんな時、いつもそばにいてくれた幼馴染が隣にいない、それだけであたしは頭がぐちゃぐちゃになっていた。
 友情とか恋愛とか、主従とか民だとか、王になるとか、色々。多くの場所で役割を持つようになったあたしへ向けられるようになった感情は大きく、けれどあたしはついていけていない。
 こんな時、いつも逃げ場は幼馴染の懐だったのに。
「……会いに……行っちゃうんだから……」
 自分のやった事の責任を取る。そう言ってあたしの前から消えた幼馴染のもとへ。逃げるように。求めていく。
 世界をくぐりぬける七色の空間には、もう慣れきってしまった。

 とはいえ、幼馴染の今いる場所は城である。そう、お城。幼馴染は元々王様だったらしい。
 入口でとりあえず形式的に門番に挨拶して、城の中を歩く。どこかですれ違うなんて土台無理なくらい広い、大きな城。とりあえずあたしは彼の執務室へ向かった。顔パスとはいえ、王の執務室の前の警護はかたい。アポもない。あたしは少し離れたところで待たされることになった。
 が、やがてバタンと音を立て、空いた扉から覗いた幼馴染の姿に、あたしは走って飛びついた。ぎゅっとそのまま抱きついて、きつくきつく背中にしがみつくと、一度あたしを持ち上げるようにしてから、しっかり抱き締め返してくれる。
「……どした、何かあったのか」
「……うん」
 そうか、と深く聞かず、幼馴染はしばらくあたしを抱きしめ続けてくれていた。そのあたたかさが変わっていなかったことに安心して、あたしはちょっとだけ、そう、ほんのちょっとだけ、幼馴染の胸を借りて泣いていた。

 王が言えばいとも簡単に執務室の中へ入れてしまった。幼馴染は紅茶とクッキー、それからチョコレートをメイドさんに持ってこさせていた。ちゃんと、あたしの好きなダージリンとミルク。クッキーもチョコレートも甘くて、美味しくて。夢中になっているあたしがたまにはっとして幼馴染を見ると、そんなあたしを隣でじっと見つめていて、よく知っている優しい顔で笑う。
「気にしないで食えよ。部屋に入るなり腹の音響かせてさ」
「……って、言いながら甘いもの出してくるのね?」
「しんどい時は、ちょっと贅沢したっていい。だろ?」
「……まあ、そうね」
 あたしは紅茶のカップのふちを指でもよもよと触りながら、中身が揺れるのを見つめていた。またしばらくして、それを飲み干す。
「……聞かないの?」
 何を、とは言わずに幼馴染に聴きながら、寄りかかる。幼馴染は流れるようにあたしを受け止めながら、そうだな、と答える。
 何があったのか、聞かないのか。そうだな。別にあたしたちの間には、そう言葉は多くなくていい。なのに。
「……何故だか、不安だわ」
「不安?」
「カイトの隣にいるのに、何故だか不安なの。一番安心出来る場所だったはずなのに」
 「……そうか」
「ごめん。あたしのために時間使ったって、カイト、忙しいのに。こんなことしてる時間なんて、勿体ないのにね……」
 あたしが来てから完全に執務をしている様子はない。ガラスペンは立ったまま、書類は置いたままだ。そんなのに構わず、幼馴染はあたしをとっている。あたしとの時間を……。
「そうだな。でも、勿体ないとは思ってない。俺もお前といる時間は好きだから」
 そう言って、幼馴染もまた、あたしに少し体重を預けた。
 あたしたちは、もちろん恋人なんかじゃない。むしろ、家族のように育った。道は、別れてしまったけれど……。
「ずっと、会えなくてごめん。寂しい思いをさせてるよな」
「……なんていうか、その。あたしも、たくさん疲れて……でもそんな時、カイトがいないと空っぽだなって思っちゃった。アグノムとかミクとかはまた違って……あたし、カイトがいい、カイトの隣が。」
「……わかった。それじゃ、今日のリクエスト聞くか」
「え?リクエスト?」
「ああ」
 一瞬、なんのことかわからずに聞き返す。けれど、しばらくして思い出す。時計を見れば、あたしたちのご飯の時間が近かった。
 昔はこうして、幼馴染に夕飯のリクエストをしていたのだ。あたしは忘れていたけれど、幼馴染は……王様になっても、覚えてくれていた。
 じわ、と目元が少し熱くなるのを感じた。そのまま、口からいつものように――前のように、リクエストが出てくる。
「オムライスと、ナポリタンと、ハンバーグと、あと、あとね……からあげと……あと……」
「……それじゃあ今日はお子様ランチだな」
「も、もうお子様じゃないけど!」
「バカだな、まだまだ子供でいいんだ……お前は。……いや」
 幼馴染は、言い直しながら、あたしの頭をくしゃくしゃと撫でた。
 俺たちは。

「王様が使うようなキッチンではないのです、ここは……!ああ、お召し物が、汚れてしまいます!我々がやりますから!」
「いいから、それでいいから料理をさせてほしいんです、料理長。どうして俺が立ってはいけないんですか」
「だから、王だからですよ!王というのは、自分で料理する必要なんてないんです!」
「うーん」
 王でも城で許されないことがあるらしい。厨房を借りる、と言った幼馴染に付いてきたものの、幼馴染も予想外だったのか、なかなかはいどうぞとは言えないらしい。危険だの、汚れるからだの、色々と理由をつけているが、あたしには居場所を取られることに恐怖しているようにも見えた。
 と。
「どうしたんだ」
「あ、兄王子様……」
「トキ!」
 この城の第一王子、あたしと一緒に戦ってくれていたこともある、トキだった。トキはあたしとカイトと料理長を一瞥して、ため息をつく。
「今度はなんの騒ぎなんだ。城の使用人たちが嘆いてるぞ、王様が自由すぎる、掃除もやりたがるし料理もやりたがる、と」
「その節はすみませんでした。その、そういうの好きなので……でも、今日は料理をさせてほしいんです。料理長の料理じゃなくて、俺の料理をミヅキに食べさせたい」
「……ふむ」
 トキはあたしを見る。あたしは何故だかなんとなく、カイトの服の裾を掴む。カイトはあたしの手を、そっと握った。
「……つかの間の家族ごっこを、させてくれませんか」
「……だ、そうだ、料理長。今代の王についてはもう諦めたほうがいいかもしれないな」
「そ、そんな……もしもお怪我があったら……」
「案ずるな。すべて自己責任、たとえ厨房で暗殺が行われようがお前たちに責任はない。……今日は先に休憩でも何でもしてくれ。給与には関わらないから」
「は、はい……」
 トキの言葉で諦めたのか、いやまだ諦めきれていないのか、あたしを恨めしそうな顔で見ながら料理長と、厨房の中にいた料理担当の使用人たちがぞろぞろと出ていく。
「……トキさん、俺、ちょっとだけ使わせて欲しかっただけなんですけど……こんな人払いしなくても」
 王だけど、カイトはカイト。だから、トキに敬語を使うその姿が、偉そうに変わっていなくて嬉しい。
「王に料理させる、なんて罪悪感やヒヤヒヤをあいつら全員にさせ続けるのも可哀想だろう。お前は……城の中ではいまいち気が配れないな」
「ああ、なるほど。それは失礼」
「……で、何を作るつもりだったんだ」
 トキは咎めているようではなく、興味本位のようだ。カイトはそれなりに説明する。
「そういえば、狭い客間が今日は空いていましたよね。そこで食うか」
「? 別に、いつも通りの食卓で食えばいいんじゃないのか」
「あはは、トキさんも意外とわかってないですね。……よかったら、トキさんとツバサも一緒にどうですか。お口に合うかわかりませんが……賑やかな方がいいだろ?」
 そう言ってあたしに優しくカイトが微笑む。
「……別に。今日はカイトがいれば、それでいい」
「じゃ、決まりってことで。飯が出来たら部屋まで呼ばせますから」
「……お前たちの意思の疎通は、俺には少し難易度が高いな」
 では待ってるから、と、トキは部屋へと戻って行った。それを見送って、あたしたちは城の厨房へとお邪魔する。
「そいじゃ、使わせてもらいますか。相変わらず、ひっろいな」
 俺用の狭い厨房でも作ってもらおうかな、なんて冗談を言いながら幼馴染は料理を始める。そんな姿を、あたしは眺める。
 そう、あたしは好きなのだ。この時間が。料理をしている幼馴染を見つめる時間が。少しずつ美味しそうな匂いがしてきて、あたしはいつもこの時間戦隊モノを見ていて、手伝えよ、なんて言われながら、お皿の用意をしぶしぶ手伝って。
 ――いまでは、それこそがこんなにも愛おしいのに。
「ねえ、カイト」
 手を動かしながら、なんだー、と返事が帰ってくる。
 ここは、城の厨房で。その一角を使わせてもらっているから、とても広くて。けれど。なんだかここが、元のウチの気がしてくる。
「……早く作ってよ、お腹すいたから」
「はいはい、じゃ……皿でも出して手伝ってくれ」
「……仕方ないわね」
 あたしたちは、変わらない。
 なにひとつ、変わっていない。
 幼馴染が王になろうとも。
 あたしが"王"になろうとも。
「ねえ、今日のごはんは?」
「お子様ランチ・カイト様スペシャル、だ」
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