No.7684, No.7683, No.7682, No.7681, No.7680, No.7679, No.7678[7件]
(歌詞引用 ROMANCE/JanneDaArc)
「……無理、しなくていいんですよ、紡……」
うぷ、と小さくげっぷを逃がしながら、まだ飲みきれていないグラスの中身に、胃なのか肝臓なのかはたまた臓器ではない精神的な胸の奥か、居所のはっきりしない重みがかさなる。それらをないものとして笑っている今の私の笑顔は、はたして歪んでいないだろうか。しかし、目の前の私のエースは、歯牙にもかけていないご機嫌さだ。
「無理なんてしていませんよ。でも、私がある限り、巳波さんにはずっと一番輝いていて欲しいのです」
「輝いていますよ。ほら、グラスの中身に映る私、キラキラしてるでしょう」
「やだなあ、それはお店の照明でしょう?」
「……あはは」
勘弁してくれよ、と思いながら、無邪気さのあまり邪悪さの塊となっている姫から目を逸らした。なんとか飲み干せば終わりだ。ラストオーダーであることに気づかせぬよう、気分を害さぬようにとグラスを操っていたところ、我が優秀な姫君は少し笑みを緩めて……目つきだけ鋭く、店内を見渡して、言った。
「……そろそろ、ラストのお時間ですよね」
――勘弁してくれよ。もうたくさんです。結構です。少し休ませてください。酒焼けと連日のラストソングで、もう、喉が。
「……巳波さん、追加で、これ……お好きでしたよね?」
「……ありが、と、う、紡……」
私が言う前に注文を呼んだ紡と、どんな顔でいるのかわからない私を見比べて、同僚は憐れむような顔をしつつコールを煽り始める。ああ、これで今夜も私が一位だろう。
『それでは〜!愛しの姫より一言〜!』
マイクを向けられた私の姫は、もう慣れっこのくせに毎度初々しく、両手で受け取り、わざとらしく最初に言い淀む。
『え〜っとぉ……』
頼む。頼みますよ。もう、連勤で、キッツイんです、毎日貴方の相手をするのが。頼むから連勤終わりの今日くらい、平和に終わらせて。……そんな願いで笑顔が引きつっていたのかもしれない。私をちらりと見るなり、姫はにっこりと、完璧に微笑んで、控えめな声をスピーカーに載せる。
『明日も楽しみですね〜、よいちょ……』
マイクを手放し、そっとウインクをした私の姫は得意気で、もう何処までが天然でどこからが計算なのかもわからない。飲め飲めと言われるまま、気が狂うまで液体を喉に放り込み、その度に喉が熱く、胃が熱く、頭が痛くなっていく。
会いに来るつもりかぁ……ぼんやりとしながら、結局最後にマイクを持たされた。もう抵抗しない私に、姫は控えめに腕をからませながら、上目遣いに微笑む。
『……無邪気に笑う君を見てると〜……と〜きどき少し胸が苦しくてぇ……』
うっとりとした姫、反して盛り下がる店内、選曲は最悪だ。わかっている。けれど。
『これも愛のカタチでしょ〜……』
もうやる気のない私の歌声は、皆にどう聞こえているのだろうか。
『未来の〜ない……関係には……終わりは……なぁい、だって……』
――私たちって、いつ"始まった"のだろうか。
『始まってもないから。』
歌いながらちらりと隣の姫を見やる。
目が合った私の姫は、二重にぼやけて、相変わらず無邪気な笑顔で、百二十パーセント、笑っていた。
畳む





「紡、お昼はなににしますか」
「……さっき、朝マック食べませんでした?」
「あのくらい、すぐ消化してしまいましたよ。……揚げ物か、海鮮丼か……なら、どちらです?」
「……海鮮丼、いいですね……」
「ならここにしましょう。もう今日は一歩も外に出たくないって、言ってたじゃないですか」
「確かに昨日、寝る間際にそんな話しましたが……」
「ほら、ここ……ここ。ここに来なさい、枕が欲しいです」
「あー、もう、ちょっと。せめて抱き枕にしてくださいよ……」
「紡、夕飯はどうしたいですか」
「ウーバーイーツってけっこう量が多くて……もしかして三食ウーバーするおつもりですか?朝からトイレ以外離して下さらないし……」
「うーん。なら少し軽そうな……スイーツもありますよね。ドーナツとか、ドリンクとか。どうします?タピオカもありますね」
「ああ、タピオカ、いいですね」
「ならこれで……注文、と」
「……配達員の方も、びっくりしてませんか、三食も同じ家に……」
「配達員なんて毎回違うものですよ。それに、良いじゃないですか。平日に三食ウーバーする贅沢なご身分だなと思われることですし。……さて、四十分後だそうなので、それまでまだまだごろごろできますね」
「……まあ、そうですね……。……巳波さん」
「はぁい」
「……ぎゅー……」
「あらあら……四十分後に離れられますかねぇ」畳む 60日前(水 20:03:44) SS