No.6363
リュウ
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みなつむSS インスタント・ラブ
「嫌い」
口付けを終える毎に彼女は吐き捨てるように言う。じゃれついた戯言ではない。心から滲み出る彼女の憎悪と飽きをそのまま、私も小さく嫌い、とお返ししながらまた口付けた。重なる唇はいつもより雑で、お互いにまるで合わせるつもりが無い、一方的なものばかりだ。
「いつまで続けるんです」
彼女の腹を指でなぞりながら問いかけると、ふい、と彼女は目を逸らす。はあ。私も小さくため息をついて、そのまま小さな体を抱きすくめる。
酷く義務的で、むしろ私たちはとてもいがみ合っていて、けれど指と指を、足と足を絡め、荒い息が重なった。答えない彼女を、そのまま攻めていく。態度とは裏腹に体は快楽に正直に私に応えてくれるが……。
「……明日は、ま、た……あの人と、会うんですか……それとも……別の人?」
はあ、と熱い息を吐き出しながら私の首に腕を回す彼女に、今度は私が答えない。答えない私の首に、更に不機嫌な彼女がそっと歯型を付けた。甘噛みでは無い、血が滲む感覚と、傷口を舐められる感触。ぴりぴりと染みる彼女の唾液が憎い。
「……別れちゃえばいいのに、私たち」
「ええ、本当に」
そう言ってくすくすと笑い合う時だけ、私たちは心から楽そうに笑った。なんの愛も無い、ただ刺激を求め合うだけの夜は妙に長い。
全てを終えて眠り落ちた彼女の隣で、私は少し隙間を空けて横になる。そうして、暗がりでノートに今日の日記を付けた――。
愛し愛される、それが重いと感じ始めたのはいつからだろうか。特別なものが嬉しいのは、特別なものが特別になったばかりだからだ。それが当たり前になっていくにつれて、当たり前のものに喜びなど感じなくなる……言うまでもない、自然の摂理だ。
好きだと言い合った夜は次第に惰性になっていく。喜びはただの快楽へ堕ちる。逢瀬は義務へと変わっていく。そうなってしまえばもはや、真面目に恋愛していることの方が馬鹿らしくなっていく。
刺激を求めて、他の人へ手を出し始めたのは私の方だ。最初は彼女だって糾弾したし、私にだって罪悪感はあった。しかし、いつの日にか彼女も同じように誰かと夜を過ごすようになり、私たちは付き合ったまま、お互いがお互い別の人間と関係を持つことにそのうち疑問すら抱かなくなった。どうしてか?なんて、自分がいちばん分かっている。……つまらなくなったから楽しいことをしている、それだけだ。
それでも彼女との関係を終わりにしようという結論にならないのは自分でもよく分からない。彼女からも別れ話は持ち出されない。冗談めかして悪態を付き合いながらも全てを終わりにしないのは、なまじ体の相性がいいからなのか、なんなのか。愛が冷えたどころか、勢い余って憎しみすらお互いに抱いているのに、私たちはいつまでも恋人であった。
今日の相手と親しく会話して、スキンシップをとって別れた。スマホの通知は一昨日会った相手からだ。雑に可愛らしそうなスタンプをセレクトして会話を終わらせる。一息ついて、時間を見ながら現場を移動した。
現場で会った彼女はいつもと何ら変わらない。私も何も変わらない。義務的に挨拶して、人目がある場所ではそれなりの仲を演じている。ただ、お互いに見つめ合う視線が少しだけ鋭いだけだ。人はある程度を超えたら、嫌悪を隠せなくなってしまうものなのだと知った。
「今日は帰り、お早いんですか?」
張り付いたような笑顔で彼女が不意に聞く。私もそっと笑い返して言う。
「それ、貴方に何か関係、あります?」
「痛い……っ、巳波さん、いた、いたい」
「痛いわけないでしょう、当てつけですか?感じてるくせに」
痛いのはこっちですよ、と吐き捨てながら私も背中に食い込む爪の痛みにぐっと耐えた。彼女は達する時に爪を立てる癖がある。元からだが……最近はより顕著になっている気がする。先日スタイリストにも「ペットでも飼ってるんですか?」と聞かれたくらいだ……あまり背中が広く出る服を着ないから良いものの、私のプロモーションが別の方向性だったらこの人はどうしたつもりなのか。いや、だからこそなのか、とも思う。この爪痕で困ってしまえ、そう言われているような気がして、急に腹が立って、まだ私を絞り上げている中に向けて、強く突いた。苦悶なのか喘ぎなのか、彼女の淫らな声が呼応する。
「……今日話していた方は、どちらの方ですか?」
「貴方こそ、随分とADさんと親しそうでしたこと」
譲らない態度のまま、私たちは顔を見合せ、どろどろになったまま、揃って笑った。
「ねえ、巳波さん、雰囲気の良いお店なんか知りませんか」
「あら、今まで私と行った場所の中には思い当たらなかったようですね。他の誰かと開拓なさったら」
「ふうん、いいんですね」
「別に、今更でしょう?」
やるだけやって、私たちは真反対を向いて、それでもひとつの布団の中に収まっているのは酷く滑稽に思えたが、私はそのまま肩まで布団をかぶる。
畳む 26日前(金 20:20:49) SS
「嫌い」
口付けを終える毎に彼女は吐き捨てるように言う。じゃれついた戯言ではない。心から滲み出る彼女の憎悪と飽きをそのまま、私も小さく嫌い、とお返ししながらまた口付けた。重なる唇はいつもより雑で、お互いにまるで合わせるつもりが無い、一方的なものばかりだ。
「いつまで続けるんです」
彼女の腹を指でなぞりながら問いかけると、ふい、と彼女は目を逸らす。はあ。私も小さくため息をついて、そのまま小さな体を抱きすくめる。
酷く義務的で、むしろ私たちはとてもいがみ合っていて、けれど指と指を、足と足を絡め、荒い息が重なった。答えない彼女を、そのまま攻めていく。態度とは裏腹に体は快楽に正直に私に応えてくれるが……。
「……明日は、ま、た……あの人と、会うんですか……それとも……別の人?」
はあ、と熱い息を吐き出しながら私の首に腕を回す彼女に、今度は私が答えない。答えない私の首に、更に不機嫌な彼女がそっと歯型を付けた。甘噛みでは無い、血が滲む感覚と、傷口を舐められる感触。ぴりぴりと染みる彼女の唾液が憎い。
「……別れちゃえばいいのに、私たち」
「ええ、本当に」
そう言ってくすくすと笑い合う時だけ、私たちは心から楽そうに笑った。なんの愛も無い、ただ刺激を求め合うだけの夜は妙に長い。
全てを終えて眠り落ちた彼女の隣で、私は少し隙間を空けて横になる。そうして、暗がりでノートに今日の日記を付けた――。
愛し愛される、それが重いと感じ始めたのはいつからだろうか。特別なものが嬉しいのは、特別なものが特別になったばかりだからだ。それが当たり前になっていくにつれて、当たり前のものに喜びなど感じなくなる……言うまでもない、自然の摂理だ。
好きだと言い合った夜は次第に惰性になっていく。喜びはただの快楽へ堕ちる。逢瀬は義務へと変わっていく。そうなってしまえばもはや、真面目に恋愛していることの方が馬鹿らしくなっていく。
刺激を求めて、他の人へ手を出し始めたのは私の方だ。最初は彼女だって糾弾したし、私にだって罪悪感はあった。しかし、いつの日にか彼女も同じように誰かと夜を過ごすようになり、私たちは付き合ったまま、お互いがお互い別の人間と関係を持つことにそのうち疑問すら抱かなくなった。どうしてか?なんて、自分がいちばん分かっている。……つまらなくなったから楽しいことをしている、それだけだ。
それでも彼女との関係を終わりにしようという結論にならないのは自分でもよく分からない。彼女からも別れ話は持ち出されない。冗談めかして悪態を付き合いながらも全てを終わりにしないのは、なまじ体の相性がいいからなのか、なんなのか。愛が冷えたどころか、勢い余って憎しみすらお互いに抱いているのに、私たちはいつまでも恋人であった。
今日の相手と親しく会話して、スキンシップをとって別れた。スマホの通知は一昨日会った相手からだ。雑に可愛らしそうなスタンプをセレクトして会話を終わらせる。一息ついて、時間を見ながら現場を移動した。
現場で会った彼女はいつもと何ら変わらない。私も何も変わらない。義務的に挨拶して、人目がある場所ではそれなりの仲を演じている。ただ、お互いに見つめ合う視線が少しだけ鋭いだけだ。人はある程度を超えたら、嫌悪を隠せなくなってしまうものなのだと知った。
「今日は帰り、お早いんですか?」
張り付いたような笑顔で彼女が不意に聞く。私もそっと笑い返して言う。
「それ、貴方に何か関係、あります?」
「痛い……っ、巳波さん、いた、いたい」
「痛いわけないでしょう、当てつけですか?感じてるくせに」
痛いのはこっちですよ、と吐き捨てながら私も背中に食い込む爪の痛みにぐっと耐えた。彼女は達する時に爪を立てる癖がある。元からだが……最近はより顕著になっている気がする。先日スタイリストにも「ペットでも飼ってるんですか?」と聞かれたくらいだ……あまり背中が広く出る服を着ないから良いものの、私のプロモーションが別の方向性だったらこの人はどうしたつもりなのか。いや、だからこそなのか、とも思う。この爪痕で困ってしまえ、そう言われているような気がして、急に腹が立って、まだ私を絞り上げている中に向けて、強く突いた。苦悶なのか喘ぎなのか、彼女の淫らな声が呼応する。
「……今日話していた方は、どちらの方ですか?」
「貴方こそ、随分とADさんと親しそうでしたこと」
譲らない態度のまま、私たちは顔を見合せ、どろどろになったまま、揃って笑った。
「ねえ、巳波さん、雰囲気の良いお店なんか知りませんか」
「あら、今まで私と行った場所の中には思い当たらなかったようですね。他の誰かと開拓なさったら」
「ふうん、いいんですね」
「別に、今更でしょう?」
やるだけやって、私たちは真反対を向いて、それでもひとつの布団の中に収まっているのは酷く滑稽に思えたが、私はそのまま肩まで布団をかぶる。
畳む 26日前(金 20:20:49) SS
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