No.4601, No.4600, No.4599, No.4598, No.4596, No.4595, No.4594[7件]
リュウ
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みなつむSS 静かな夜
「ホットミルクでよかったですか」
はい、と言いながらペアのマグカップの片方を受け取った。もう片方は彼の手に。ソファの私の隣に彼が腰を下ろす。一口含んで、彼がマグカップを置いたのを確認してから、私も同じようにして、それから彼にそっと体重を預けた。彼の体の重心が、私に合わせて変化する。それがとても、心地よい。
「寝かしつけ、間に合わなくってすみませんでした」
「いえ!巳波さんは十分手伝ってくださってますから」
「ですから、手伝う、っていうのが気に食わないって言っているじゃないですか。私だって子供の父親なのに」
「そうですね……そうですね、えへへ」
彼に見せる予定だった資料をソファ脇から取り出して、机の上に置いた。そっと目を通す彼は、口を小さくお受験、と動かした。
「私立がいいかなって……やっぱり、ほら、その」
「私の子供、ってことで目立ちますからね。反対では無いですよ。貴方とあの子の負担を考えると……手放しで賛成は出来ませんが」
「私は費用面が……」
「費用なら心配ないでしょう、ちゃんと稼いできますよ」
「巳波さんの収入をあてにするのって……」
「なんです、私が直に売れなくなるとでも思ってるんですか」
「そんなわけないじゃないですか!?」
慌てて否定した私を見てくすくす笑う彼を見て、ああまたからかわれた、とわかって。顔も耳も熱くなる。そんな私の頬に、一瞬だけ彼が唇を落とした。
「私の収入をあてにしてください。それより私は受験自体が貴方やあの子の負担にならないか心配です。親同士の付き合いも貴方が主体になるのは避けられないでしょうしね」
「もしかして……巳波さんも学校とか行くつもりで……?」
「行っちゃダメですか。そのための私立なんでしょう、私だって親付き合いするつもりでいますよ」
私がまとめておいた資料をパラパラとめくりながら、彼はその中から芸能人の子供がよく通っている学校のパンフレットをピックして、私にひらひら振って見せた。少しぶすっとしたような彼に、私はなんだかおかしくなって、笑ってしまう。そんな私を見て、彼もそのうちそっと微笑む。無言で手渡されたその数校を、私たちは子供の通う学校の候補とした。
パンフレットをすっかり片付けて、私はまたマグカップを両手で持って、一口飲んだ。甘い。よかったですか、なんて聞いておきながら、いつだって彼は私が飲みたいものを作ってくる。今日は甘いものが飲みたい気分だったけれど、蜂蜜が入っているようだ……一体どうやって、彼は私の心を読んでいるのだろうか。聞いてみたことがあるけれど、わかりやすいですからね、としか言われなかったのを思い出した。
そして彼は大抵、私と同じものを飲む。そっと目を隣にやると、彼はスマホを確認しながら一口。真剣な眼差しに、仕事の確認をしているのだろうと理解する。……そういう時の彼の横顔は、仕事で媒体に映る彼ともまた違う真剣さを孕んでいて……私はすごく好きだ。やがて彼が顔を動かさずに目線だけこちらへよこすものだから、目が合って、私は思わず慌てて目を逸らした。隣からくすくすと笑い声が聞こえた。
「今日も私のことが好きそうで何よりですよ」
「……いつも好きですよ」
「私だっていつも愛していますよ」
「あ、あ、あ、愛してますよ!」
「ふふ、そう。ありがとう」
「……どういたしまし、て」
愛の言葉を口にするのも、最初に比べればだいぶ慣れた。カップを机に置いて、今度はもっと露骨に全体重を彼に預けた。彼もゆっくりカップを落いて、スマホをポケットにしまってから、すっぽり覆うように私を腕の中に抱きとめた。
――ホットミルクと、蜂蜜と、彼の匂いでいっぱいになる。どこかの現場でついたのか、彼は吸わない煙草の香りもするけれど。彼に抱きしめられるがままに目を閉じる。あたたかくて、優しく背中を撫でられているうちに、仕事と、育児と、家事の疲れがどっと溢れて……体が一気に重くなるのを感じた。彼の首元に頭を預けて、そのまま、ぐったりと力が抜けていく。
「……今日もお疲れ様でした」
「……せっかく、せっかく今日、お時間合いましたのに。もう少し……そ、その」
「激しいことは駄目ですよ。このまま眠っていいですから」
「でも……」
「……大丈夫ですから」
「……私が、したかったんですよ、巳波さんと」
「私もしたいですけれど。でも今日は」
――今日は、このままでいてくれませんか。
力の抜けた私をしっかり抱きしめ直して、彼も私の首元に頭を埋めた。私は最後の力で、少しだけ彼の背に手を回して……そのまま、彼に落ちていく意識を委ねた。
静かな夜、幸せな夢へ落ちていく。彼と一緒に。
畳む
138日前(金 19:58:52) SS
「ホットミルクでよかったですか」
はい、と言いながらペアのマグカップの片方を受け取った。もう片方は彼の手に。ソファの私の隣に彼が腰を下ろす。一口含んで、彼がマグカップを置いたのを確認してから、私も同じようにして、それから彼にそっと体重を預けた。彼の体の重心が、私に合わせて変化する。それがとても、心地よい。
「寝かしつけ、間に合わなくってすみませんでした」
「いえ!巳波さんは十分手伝ってくださってますから」
「ですから、手伝う、っていうのが気に食わないって言っているじゃないですか。私だって子供の父親なのに」
「そうですね……そうですね、えへへ」
彼に見せる予定だった資料をソファ脇から取り出して、机の上に置いた。そっと目を通す彼は、口を小さくお受験、と動かした。
「私立がいいかなって……やっぱり、ほら、その」
「私の子供、ってことで目立ちますからね。反対では無いですよ。貴方とあの子の負担を考えると……手放しで賛成は出来ませんが」
「私は費用面が……」
「費用なら心配ないでしょう、ちゃんと稼いできますよ」
「巳波さんの収入をあてにするのって……」
「なんです、私が直に売れなくなるとでも思ってるんですか」
「そんなわけないじゃないですか!?」
慌てて否定した私を見てくすくす笑う彼を見て、ああまたからかわれた、とわかって。顔も耳も熱くなる。そんな私の頬に、一瞬だけ彼が唇を落とした。
「私の収入をあてにしてください。それより私は受験自体が貴方やあの子の負担にならないか心配です。親同士の付き合いも貴方が主体になるのは避けられないでしょうしね」
「もしかして……巳波さんも学校とか行くつもりで……?」
「行っちゃダメですか。そのための私立なんでしょう、私だって親付き合いするつもりでいますよ」
私がまとめておいた資料をパラパラとめくりながら、彼はその中から芸能人の子供がよく通っている学校のパンフレットをピックして、私にひらひら振って見せた。少しぶすっとしたような彼に、私はなんだかおかしくなって、笑ってしまう。そんな私を見て、彼もそのうちそっと微笑む。無言で手渡されたその数校を、私たちは子供の通う学校の候補とした。
パンフレットをすっかり片付けて、私はまたマグカップを両手で持って、一口飲んだ。甘い。よかったですか、なんて聞いておきながら、いつだって彼は私が飲みたいものを作ってくる。今日は甘いものが飲みたい気分だったけれど、蜂蜜が入っているようだ……一体どうやって、彼は私の心を読んでいるのだろうか。聞いてみたことがあるけれど、わかりやすいですからね、としか言われなかったのを思い出した。
そして彼は大抵、私と同じものを飲む。そっと目を隣にやると、彼はスマホを確認しながら一口。真剣な眼差しに、仕事の確認をしているのだろうと理解する。……そういう時の彼の横顔は、仕事で媒体に映る彼ともまた違う真剣さを孕んでいて……私はすごく好きだ。やがて彼が顔を動かさずに目線だけこちらへよこすものだから、目が合って、私は思わず慌てて目を逸らした。隣からくすくすと笑い声が聞こえた。
「今日も私のことが好きそうで何よりですよ」
「……いつも好きですよ」
「私だっていつも愛していますよ」
「あ、あ、あ、愛してますよ!」
「ふふ、そう。ありがとう」
「……どういたしまし、て」
愛の言葉を口にするのも、最初に比べればだいぶ慣れた。カップを机に置いて、今度はもっと露骨に全体重を彼に預けた。彼もゆっくりカップを落いて、スマホをポケットにしまってから、すっぽり覆うように私を腕の中に抱きとめた。
――ホットミルクと、蜂蜜と、彼の匂いでいっぱいになる。どこかの現場でついたのか、彼は吸わない煙草の香りもするけれど。彼に抱きしめられるがままに目を閉じる。あたたかくて、優しく背中を撫でられているうちに、仕事と、育児と、家事の疲れがどっと溢れて……体が一気に重くなるのを感じた。彼の首元に頭を預けて、そのまま、ぐったりと力が抜けていく。
「……今日もお疲れ様でした」
「……せっかく、せっかく今日、お時間合いましたのに。もう少し……そ、その」
「激しいことは駄目ですよ。このまま眠っていいですから」
「でも……」
「……大丈夫ですから」
「……私が、したかったんですよ、巳波さんと」
「私もしたいですけれど。でも今日は」
――今日は、このままでいてくれませんか。
力の抜けた私をしっかり抱きしめ直して、彼も私の首元に頭を埋めた。私は最後の力で、少しだけ彼の背に手を回して……そのまま、彼に落ちていく意識を委ねた。
静かな夜、幸せな夢へ落ちていく。彼と一緒に。
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138日前(金 19:58:52) SS