屋根裏呟き処

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NO IMAGE リュウ ゲチャレイベ、こんな初回からポケモン当てたの初
報酬バンギなの嬉しいので全回収やる
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NO IMAGE リュウ .
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NO IMAGE リュウ みなつむSS 処理道具

    こんな告白をされたのは、これからも長く続ける予定の人生で、後にも先にもこれだけだろう、と思った。まさか、私が誰かに"選ばれる"なんて、思ってもみなかったものだから。
「……すみません……その、もう一度伺っても、いいです、か」
    ひとまず頭をおちつけるため、ひいては心を落ち着けるため、真剣な顔の、しかしどこか余裕の無さそうな棗さんに微笑んだが、頬の筋肉は動きづらい。棗さんも棗さんで、視線を合わせないまま、どこか気まずそうなまま、しかし先程私が聞いた言葉と同じことを、別の言葉で繰り返す。
「ですから、今……貴方のお身体を、お借りしたいのです」
「……お借り、というのは」
「……私だって、好きで言っているのでは無いということを……前置きさせて頂きますけれど。……貴方の……お身体を、お借りして……私の性欲の発散のお手伝いを、お願いしたい、と。……二回目のご説明ですが、これ以上のご説明が浮かびませんね」
「……その……正直……ええと……カメラでも、お持ちなのかな、と」
「ご心配なく。この胸ポケットのボールペンも、コートに入っている電子機器も、やりとりの一切を記録していません。というか……私のようなアイドルが女性に無理やり迫るだなんて企画、ツクモが許可するとお思いですか」
「全く、思いません」
「でしょう」
「……では、これは」
「ただの個人的な、"ケア"のお願い、ですよ。……もちろん、本当に嫌なのなら……お断りいただいても、構いませんが……出来れば、私は貴方がいい。後腐れなく、業務としてこなしてくれるような相手を、探しているんです」
    話しているうちに熱が入ったのか、棗さんは今度こそ真っ直ぐに私の目を見つめて言った。平然としているように見せかけてはいるものの、それは彼の俳優としての力の賜物だろう――いつもより潤み、熱を帯び、ぼんやりとしている彼の瞳の奥に、炎のような色が見えるようだ。……彼は、おそらくは今、衝動を抑えるだけで必死なのだろう。
「この後の……棗さんのスケジュールは?」
「……二時間、猶予があります。その後は、夜中まで収録が」
「……なるほど」
    つまり、彼にとっては、今しかない……そして、彼が求めているのは勘違いをしない"処理道具"だ。なるほど確かに私なら、適任かもしれない。世間一般でも当たり前のこの生理現象は、言ってしまえば排泄などと変わりないくせに、アイドルだからそんなものは存在しない、"誰とも交わってなんか居ない"――そういう風に考えられているのは、常識のひとつ。
    陰でひそひそと話をしつつも、周囲を見回してみたものの、いまこの瞬間を凌ぐために丁度よさそうな女性は他にいないのかもしれない、と思い……私は一度、大きく、すう、はあ、と深呼吸をして、棗さんに向き直った。手招きをして、耳元を少し私の身長に近づけてもらい……だ、大丈夫だ。しかし、ひとつ、とても大事なことを……私は身体中がまるでストーブにでもなってしまったくらいに熱くなるのを感じつつ、小さな声で、限界が近い彼に囁いた。
「……実は私、経験、無し、なのですが……務まります、か?」

    小さな子供だって、知っている。この世界の私たちには、ある日突然「耐え難い性衝動」が起こる瞬間がある、と。それは愛を伴うものではなく、しかし一人で完結することはどう足掻いても難しく、一般的には異性に「お願い」し、【承諾】し、"手伝って"いただく。もちろん、性犯罪とは話が違うから、【承諾】をする際には契約書が交わされる。デジタルな現代においては、公式アプリをワンタップすることで交わすことが可能だ。
    しかしながらその衝動の波がどう来るのか、いつ来るのか、それは未だに科学でもはっきりと解明出来ていないそうで、周期や程度には個人差も大きい。ギリギリあるお薬はせいぜい、性欲を慢性的に抑えるものくらい。しかし、副作用として見た目や精神面の活力が無くなってしまうのが、人気のない理由のひとつだ。
    故に、今はその衝動の波を抑えるために異性の恋人を作る人が多い。けれど、愛のない恋人に耐えられず、逆に有事の際に相手をして助けてくれるだけのパートナーを作る人も、同じくらいの割合で存在し、一般的だ。最近では簡単にケアパートナー、略してケアパなんて呼ばれている。人によって衝動のタイミングが違うことにより、"ケアタイム"を取る事は、学校でも職場でも一般的に認められている。――ここまでは良い。問題は、それは一般職に限られている常識だという事だ。
「……アイドルは、ケアタイムというか……衝動が来ることすら、ない、と思われていますものね」
    私は周囲に誰もいないかどうかを確認し、現場のスタッフたちのケアタイム用に宛てがわれていた部屋をカードキーで開けると、隠すように先に棗さんを部屋に押し込んだ。それからラビチャで事務所に『ケアタイムを取ります』と報告。一分も経たずに承諾の返事が来て、私も後から同じ部屋に入る。鍵は自動でかかるようになっている。
「全くです。アイドルは夢を売る職業……トイレに行かないと考える人は今ではだいぶ減ったのに、恋愛はして欲しくないだの、ケアパートナーは作って欲しくないだの、そもそもこの性欲に翻弄されることも無いと思われている……アイドルのケアパートナーに選ばれた子たちが勘違いして、ストーカーや殺人未遂に至るなんて話も、よく聞きます。ですから……私の知り合いで、今日このお話を出来るのが……小鳥遊さん、貴方だけだったんです」
「……今までは、どうされていたんですか?」
「ツクモにはケア担当が事務所に常駐や同行していますから、基本的には皆さんその方々にお世話になっていますよ。ですが、今日はズールもみんな現場がバラバラで、他のグループの兼ね合いもあって、私はお譲りしたんです。周期的に、大丈夫だと思っていたから……はあ。舐めていました、生理現象を」
「……お辛かったですね。いつからですか」
「午前は耐えられると思っていたのですが、もう……。……すみません、貴方を見た時、まだご【承諾】も頂いていなかったのに、助かった、と……思ってしまったんです……」
    ケアタイム用の部屋は、基本的には靴を脱いで上がる座敷のようなところと、狭いながらシャワールームが設置されている。必要であれば常備されている布団を使えばいいし、不必要なら狭いながらにフローリングも用意してある。……このあたりが人によりけりなのは、まあ、一般的な性的嗜好というやつなのだろう。他にも、性交渉に必要な道具が一式、淡白にまとまっている。
「はい、棗さん……【承諾】、指紋タップで」
「……その。今更ですが……良い、んですか?そんなふうに簡単に請け負って。貴方は……先程仰っていましたけれど……経験無し、なのでしょう」
「……そう、ですよ。ですが、きちんと小鳥遊プロダクションでも一通りの流れは教わっています。アイドルの皆さんの必要があれば、例えば……これが棗さんじゃなくても、私は請け負っていたと思います。棗さんは確かにウチのアイドルではありませんが、もうそんな遠い仲でも無いでしょう?」
「小鳥遊さん……」
    はい、と私のスマホを差し出し、息を荒くした棗さんがどこか指を震わせながら、それにタップするのを見届けた。スマホが震えて、私たちの個人情報は国へ流れていく。【承諾】、完了。ここで起きる性的な事由の全てを、私たちの同意あってのものだと証明するものだ。棗さんは小さく、ありがとう、と呟くように言って、倒れ込むように靴を脱いで、シャワールームへと向かった。
「お先に、失礼します……」
「はい、ごゆっくり……は、してられないですよね。お待ちしてますね」
    こくり、と普段の妖艶な雰囲気はどこへやら、余程症状が酷いのか、子供のような心細そうな顔をした棗さんがシャワールームへ消えていった。二時間……必ず棗さんのお仕事に支障が無いようにしなければ、とアラームをかけて、聞こえてくる体を洗う音が聞こえている間、なんだか少しずつ頭が冴えてきて……今度は、頭が、体が、爆発しそうな程に熱を帯び、全身が心臓になってしまったように振動しているような気がしてくる。
    頼まれて、必死な棗さんと、状況を鑑みて、私がやろう、そう思ってしまった……けれど、正しかっただろうか?ツクモに連絡して急いでもらったら、ケア担当が間に合ったのではないか?色んなことを考えるも、もう【承諾】してしまったのは事実だ。……ろくに経験もない、というか、むしろ経験がない。イメージでしかない知識で棗さんを救えるか、そればかりを気にしていたが……それよりも……考えてはいけないはずの言葉が、頭を掠める。
    ――私の初めては、棗さんの"ケア"になる。
    成程、これは確かに、アイドルみたいな格好いい人達のケアパートナーに選ばれた子が、恋愛と勘違いしてしまうのも無理は無いのかもしれないし、愛がないまま行為をし続けるというのは、職業でもなければ酷な事なのかもしれない……ガチャ、とシャワールームの扉が開いて、タオルを体に巻いただけの、半裸の棗さんが顔を出す。撮影で見たことがない訳では無いその綺麗なお身体を、変に意識してしまって、私は思わず目を逸らしてしまった。
「……お先に、失礼しました。小鳥遊さん、シャワー、浴びますか」
「……え、あの、浴びた方が……良いんです、よね」
「どちらでも」
「どちら……でも……?」
「……ふふ。緊張なさっていますか。……体だけ、さっとお湯で流してくだされば、バスタオルありますから……ああ、お布団、敷きます?」
「……その、えーと……」
「小鳥遊さん……」
    何を聞かれても、分からない、頭はぐるぐるしてしまって、よく分からない。講習で言われたことはなんだったっけ……順番は……考えつつも、時間が無いのだと思い直し、立ち上がろうとしたその時、そっと頬に手を添えられて、驚いて飛び跳ね、見上げた。……濡れた髪の張り付いた半裸の棗さんの、まつ毛の長さのわかる距離。そしてそのまま、瞳に吸い込まれるように近づいて、あ、という間もなく、口が塞がれて。……キス、されている、と気づいたのは、棗さんが顔を離してからだった。棗さんはほんの少しさっきよりも落ち着いたように――しかしやはり苦しそうに上気しつつ――ふふ、と妖しく笑った。
「大丈夫。お願いしたからには、私が……後悔させませんから。ほら、早く……すみませんが、巻きで、ね?」
「……は、はあ」
    では、失礼します……と、真っ白になった頭で私は逃げ込むようにシャワールームに飛び込んで、しばらくぽかんとしていた。
    キスって、あんな感じなんだ、と間抜けな感想を抱いてから、ようやく……私はスーツのボタンに手をかけた――。

    言われた通りに本当にお湯を浴びるだけ浴びて、タオルを巻いて恐る恐る部屋を出た。家の外で裸になっている心もとなさを抱えながら見やると、棗さんは布団を敷いた上で寝転んでいた。音でわかったのか、私を見ると、起き上がって微笑み、手のひらで布団を叩いた。ふう、と覚悟を決めて息を吐き、顔を上げて背筋を正し、指定された場所に正座して、棗さんと向き合った。棗さんはそんな私を見て、小さく息を吐いて、くすくすと笑った。
「そんなに緊張しなくても、大丈夫ですよ。私は慣れているので」
「そ……そうですか!」
「シャワー、きちんと浴びられましたか?ここは設備が綺麗で、良かったですね」
「そ、そうですね!」
「……すみません。本来なら……初めてのセックスに、もっと情緒や余韻を与えて差し上げたいところなのですが……私、あまり時間が無くて。……緊張しているところ申し訳ありませんが……」
    先程よりも気持ちが落ち着いている様子の棗さんは、柔らかく微笑んで、私にそっと手を伸ばした。優しく私の頬に触れ、首に触れ、それから……腕を掴み、両腕で引っ張られた。思った以上の力に驚いているうちに、すっぽりと棗さんの腕の中に収まって、しばらくぽかんとしていた私の心臓はやがて、はち切れんばかりに過労働を始める。背に触れられ、そのまま下へ、タオルの上から腰をなぞられた時、妙な甘さが電撃のように走り、感じたことの無いふわふわとした感覚で思考が遠のいていくのを感じた。
「……大丈夫。貴方はただ、私を受け入れてくれたら、それでいいんです。何も出来なくて、結構ですから」
    ――はじめますよ。
    棗さんは私の耳元で、低く囁いて、一層どぎまぎしてしまった私に構わず、そのまま私の耳を食んだ。どうしているのが正解なのか、どうなっているのが正解なのか、もし担当アイドルがこの様な【発作】を起こした場合の対処方法の講習は、念には念を入れて毎年受けてきているのに……結局、座学なんて、経験には敵わないものだ、何事も。慣れない感覚にぎゅっと目を閉じていると、ふわりと頭を撫でられた感触とともに、耳の中に慣れない感触を感じて思わず声をあげた。
「あ、す……すみ、ませ……」
「……いいんですよ、こういう時は声を上げた方が良いものです」
「あー……そうゆー……もの、です、か……てか、その、あの」
「可愛らしいお耳でしたので、味わってみようかと。……感じやすいんですね、ほら……」
「わっ……あ……」
「……ね。肩も、腰も、よく反応しています。感度は良好、初めてにしては筋がいいですよ」
「そ……です、か……はは……」
    ぐちゅ、ぐちゃ、と音を立てながら私の耳を手前から奥まで、まるで味わうかのように、時折キスを落として、また中身を探るように棗さんの舌が這い回る。ぞわりとした、寒気に似ているけれどどこか違う感覚が、どんどんと体の奥なのか、それとも端なのか、あっちやらこっちやらへ走り回って、やがてぼんやりと、深いことを考えるのをやめ始めてしまった頃、棗さんは私の頬に手を添えて、そのまま私の唇に彼のそれを重ねた。
    軽く数回、それから今度は息が止まるほど深く……何とか離れた拍子に息を吸うと、また深く口付けが。と、思っていたのに今度はぬるりと、口の中に棗さんの舌が唇を割って入ってきて、慌てる私の頭を優しく押さえつけて、思わず逃がそうとした私の舌をとらえて、絡めて。舌と舌が擦れ合う感触はどこかざらざらとしていて、違和感が次第に薄れ、やがて……ずっとこのままでいい、なんて思い始めた頃、棗さんの舌が帰っていき、もう一度唇が優しく重なってから、ようやく彼の顔が離れていく。
    ぺろり、と棗さんが自分の唇を舐めたその舌は、つい先程まで私のそれと絡めあっていたものだ。その事実にまた変にぞわりとして目を逸らすと、今度は首筋にキスされて、そのまままた舌でなぞるように、喉元へ、鎖骨へ、そして、胸元へ。私を引き寄せているのと反対の手は、胸元を、腹を、そして足の付け根を、探るように、ただ触れて流れていく。その温度と触れられる感覚に、私はただただ為す術もなく、いつの間にか荒くなり、浅くなっている呼吸を必死に続けていることしか出来なかった。
    指先で、ぴん、と胸の先を弾かれて、唐突な甘い電撃に、へあ、と間抜けな声を出しながら体を震わせると、そのまま棗さんは優しい手つきで私の胸を撫で、それから揉んでいく。かあ、と火照る頬と、今更浮かぶ羞恥心。そして時に浮かぶふわふわとした刺激――耐えられなくなって目をつぶると、そのまま唇にまた優しい感触が重なって、何かを探るように、確かめるように、大きな手が私の体を滑っていく。重なった唇から時に漏れる私の声は、くぐもっていて言葉にはなっていない。
 そのまま躊躇うことなく触れられる感触が体の下へ下へとさがっていった頃、大人しく目を閉じて身を強張らせていた私は、驚いた顔で私を見つめる棗さんと目が合い、はっとして我に返った。自分でもよくわからないまま、しかし己の手が棗さんの胸元を押しのけていて、私が彼を突き飛ばしたのだと理解するのに時間がかかった。
 しまった。
 無意識とはいえ、とんだ失態だと思った。先ほどまでの甘い気分はどこへやら、怒られる、失敗した、そればかりに埋め尽くされ、体温が冷えていく私に、やがて棗さんは私の手に優しくその手を重ねた。
「すみません、怖がらせましたね」
「あ、い、いえっ……私こそ!すみません、続けてくださ」
「いえ……もう、やめておきませんか」
「……え」
「やはり……その。未経験で……ただでさえ怖いというのに、好きでもない男に初めて抱かれて……私の我儘でした。貴方はきちんと、おっしゃってくださっていたのに、私が配慮出来ていなかった」
    火照った頬を、潤んだ瞳を、無理やり鎮めるように、棗さんは一言ずつ区切るように言った。少しずつ離れていく体、あたたかな重なりがこれ以上遠くなる前に、今度は手を伸ばした。触れた棗さんの体はとても熱い。けれど、そんな私の手をそっとまた離そうと優しく押し戻す温度は、ひんやりとしている。
「……素直にケア担当を呼べば良いお話だったんです。その手間を惜しんで……小鳥遊さんを、貴方を巻き込んで、傷つけてしまって……ごめんなさい」
「……棗さん……」
    押し戻された自分の手を握り、開き、そしてまた……力をこめて、握った。布団の上に座り直した棗さんは目を閉じ、ただ静かに長く息を吐いている。そんな彼の胸に、私は短く息を吸い、勢いだけで飛び込んだ。私の突撃に目を丸くしていた彼の顔を見ないように、ただただぎゅっと目を瞑り、再び彼と私の体温が交わっていく。気の所為なのか、生理現象なのか、彼の胸部から響く鼓動は一般的にも早い。
「……小鳥遊さん?」
    しばらくそのまま、困惑気味の棗さんの胸元に無理やり引っ付いた体勢は少しキツかったけれど、改めて抱きつき直す勇気は無かったから、そのまま不安定なまま彼に体重を預けてじっとしていた。やがて、躊躇いがちに私の背に回された手の温度に頷いて、見上げた彼の表情は、快とも哀ともつかぬものだった。
「……まだ、終わっていないでしょう……ケアタイムは」
    棗さんの目をじっと見据え、そう言い切ると、彼はしばらく呆けた後……気まずそうに、無理やりに口角を上げて言った。
「けれど、貴方が持たないでしょう」
「……私は……ちゃんと【承諾】、しましたよ。自分の意思で、棗さんと……向き合っているんです」
「……それは、そうですが」
「棗さんのお身体は……熱は、おさまっていないでしょう?」
「……ですが……小鳥遊さんの体は……私を怖がっているでしょう」
「……それにつきましては……。……すみませんでした!」
「え、あの、ちょっと」
    自分でも滑稽だと思いつつ、私は体を離し、そのまま――布団の上で深く頭を下げた。視線をやらなくてもわかる、棗さんは大いに困惑している。
    密室に二人、男女裸のまま、巻いたタオルもはだけたまま。布団の上で古の出迎えのように指をつく私と、戸惑いながらそれを見下ろす棗さん。今更シチュエーションなんてもう、どうでもいい。室内の防音が利いていることをいいことに、私は出来るだけ声を張りながら頭を下げていた。
「私が浅はかでした。私の覚悟が足りなかった。引き受けるのなら、もっと覚悟を決めなければならなかった……全てはケアという事態を甘く見ていた、私の不徳の致すところです」
「……いえ……あの、小鳥遊さん」
「ですが!……確かに私は先程、無意識に棗さんを突き飛ばしてしまいましたが……もう、覚悟を決めました!二度目は無い、わかっています。ですからもう、大丈夫です」
「……あのね、小鳥遊さん」
「そして!今回の案件を担当させていただくにあたり」
「案件!?」
「私もまたひとつ、考えを改めさせて頂きました。……このままでは、もしウチも、ケア担当が居ないような時に……つまるところ、担当出来る者が私しか居ないような時には……私が……アイドリッシュセブンの皆さんの担当をします。そんな時に……こんな状態では……皆さん既に、いつも私の体を大切に想って下さっているのに……余計な罪悪感を抱かせて、ケアも不十分で終わりでは……マネージャーとして……恥です!ですから……ぜひ、此度……私を、使ってください!一度経験があれば、大抵の現場はなんとかなります!その一度を経験出来る貴重なこの機会を……私は逃したく、ない!」
「……はあ」
「ですから棗さん!どうぞよろしくお願いいたします!私に、お役目を果たさせてください!……このまま……終われません!」
    よろしくお願いします!と、再び勢いよく頭を下げた。しばらく沈黙で満たされた部屋に、顔を上げてください、と柔らかな声が響くのには、そう時間はかからなかった。緊張しながら顔を上げようとして、そのまま体がバランスを崩す――唐突に引き上げられた体は重力に逆らって一度宙に浮く。支えを失って手を伸ばし、着地する前に地に落ちる――墜落する前に私を受け止めたのは、柔らかな唇だった。ふわり、ふわりと、私の頬に、額に、そうして唇に、優しく重なる。そのまま、体はすっぽりと、棗さんの腕と足の捕縛する範囲へと収まり、優しく抱きしめられていた。
「……おっしゃりたいことは、粗方理解しました」
    唇を離し、私の頬から首の流れを幾度か指でなぞりながら、棗さんは私の瞳を覗き込みながら言った。離れては啄み、また啄むように、キスを繰り返し、自然と離れそうになる私の体を、今度は彼は決して離そうとしなかった。
「私を"良い機会"にしようだなんて、随分と良い気になったものですね」
「えっ」
    予想だにしなかった答えに、しかし彼の視線は最初よりも鋭く、もう発火せんばかりの熱を隠そうともしていなかった。飢えた鋭い蛇の目は、兎とも鼠ともつかぬ小動物の動きを止め、愉しそうにそっと私の頬を舐めた。味見をするかのように。否、ただこちらを威嚇するためだけのように。私もまた、その通り、毒でも喰らったかのように、痺れたように、動けなくなり、なすがままに体を奪われていく。
    主導権はもう、私にはない。彼の親指が優しく唇に触れ、そのまま緩やかに、しかし穏やかでは無いまま、私の背が布団に着く頃、棗さんの腕も同じ場所でしっかりと私を囲んでいた。
「貴方がそこまで言うのなら、もう、突き飛ばしたって離れてやりません。ですが……こんな風に初めてを手放したこと、後悔、するかもしれませんよ」
「……し、しません。もう、覚悟は決めました」
「……ふふ。忠告はしましたよ。……【承諾】、頂いていますからね」
    こくり、と、小さく頷いた私の顎をそっと舐められて、しかしもう私の体に逃げ場はない。動けないよう、体の真ん中に体重を乗せられたまま、棗さんはくすくすと、ははっと、どこかご機嫌そうに笑った。

    くらくらする。
    ふわふわする。
    時折聞かれる言葉が聞き取れないくらいにぼうっとして、体の全てが熱にうかされて、感じたことの無い感触に頭の中が真っ白になって、目の前がちかちかするようで。たまに優しく頭を撫でられるのと同時に、また堪えきれない感情に侵されていく――恐怖と綯い交ぜになった、"何か"に。
「し、死ぬっ」
「……死にません、って。ほら……もう少し時間、かけますから……緊張を解いて。それが快楽です、もう諦めなさい?」
「や、あの……死んでしまいます、もう駄目かも……!ゆ、夢半ばっ」
「……夢半ば、とか喘ぐ人、初めてですよ。……面白い人ですね、本当に」
    結局体とは正直なもので、いくら腹を決めたと思っていても、棗さんの与えてくる刺激から、むしろ腹の方から逃げていこうとしてしまっていた。しかし今度こそ、棗さんは私の両腕を掴み、逃がすまいという強い意思を帯びたまま、まるで慣れた作業であるように、私の体を触って行った。彼の指が撫でるまま、知識しか無かったはずの下腹部は火照り、彼の手が与えるまま、生まれてこの方味わったことの無い高揚と不安に覆い尽くされて、まるで世界の全てが裏返っていくような妙な錯覚に陥っていた。
    ぐちゅ、ぐちゃ、と、再び室内に響く水音は私の膣から溢れた体液なのだと、棗さんがそっと囁いた。私の身体中にキスを落としつつ、時に彼が舌を這わせる度に、私の背に甘い刺激がうねり、蛇行する。息が、息が吸いたい。その一心で、ただひたすらにぱくぱくと息をし続ける私は、まるで金魚みたいだ、なんて靄のかかった思考の端で思った。
    下腹部を滑り、その先――私の秘部を、棗さんの指は躊躇無く滑り込み、巧みに操り、やがて今に至る。初めは緊張と不安で違和感としてしか感じられていなかった刺激が、やがて水音を立てはじめ、次第に今の理解不能な感覚が、すっかり脳と体を侵してしまっている。びくびくと、意思と反して体が……腰が、足が……何を求めているのかもわからないまま、ただただうずうずとして、爆発しそうだ。
「ねえ、貴方、処女なのに……もうこんなに濡れましたよ。私、上手いでしょう。……ほら、指が、こんなに入る……」
    ちゅ、と音を立てて耳にキスをしてから、棗さんはそのまま至近距離で――甘く、ざらついた意地悪な声で――私に囁く。声だけで全身に鳥肌が立ち、ぞわりとすると同時に、何かが体内に入ってくる感触に思わず拒否する体を、彼はまた逃がすまいともう片方の腕で腰を固定して……また、ぐちゃ、びちゃ、と音を立てはじめる。"蕾"を超えて、まだ病院の検診道具しか通ったことの無い"兎穴"へと滑り落ちていくその指は、どこかの白兎よりも急いていて、同時にどこかの幼女のように無邪気そうでもあった。
    わかりますか、私の指、貴方の中に入っているんですよ。そう言って耳元でくすくすと笑う棗さんの声で、背を、首を、頭を這い回る刺激は今度こそどんどん思考を奪い、ぞわぞわと走る妙な感触は熱を帯びている。いつしか唇を奪われ、私を押さえつけている左腕にはしっかり力が入っている。そのまま、穴の奥で棗さんの指は少しずつ速さを帯び、ゆっくりと開かされる両脚を恥ずかしいと思う間もないまま、今まで耐えていた感触が、限界を迎えた。
    ――ああ、死ぬ。死んで、しまう!
    刹那。思考も、身体も、世界も、伝統も、音も、そして、棗さんも……何もかもがフラッシュして、ショートしたように動けなくなっていた。次第に、自由になった唇からただ荒く、熱い息を吐き出していると、優しく腕を、背を撫でてくれている温度に気がついた。棗さんの手、だった。どうしてこんなに自分が息を荒くしているのかもわからないまま、体の奥がどこか内側に向かって収縮するような、うずうずするような感触に戸惑いながら、優しく抱き寄せられるまま棗さんの腕の中で息を整えた。そっと、棗さんは私の耳をまたひと舐め、一瞬で熱を取り戻す下腹部に驚きつつ、さらに棗さんの芝居がかった――しかしとても艶っぽい――声が、小さく響いた。
「上手にイけましたね。……えらい、えらい」
「い……?」
「ちゃんと、絶頂まで行けた、という事ですよ。処女でこうなれるのって、レアなことなんです。……ね、私が初めてで良かったでしょう?」
「……は、はあ」
「今更恥ずかしがらなくても……ふふ。……イキ顔、それはもうとても可愛らしかったですよ」
「……や、やめ、てください……よ」
「嫌ですよ。貴方が言ったのでしょう?是が非でも私とするのだと。ならば私はそんな貴方を死ぬほど気持ち良くさせて差し上げないと……よくよく、貴方が気持ち良いかどうか、確認して差し上げないと、ね?」
    からからと笑う棗さんを、霞む視界でようやく見上げると、彼もまた息を荒らげ、普段真っ白な肌の紅潮がよく映えている。しばらく私を撫で、落ち着かせた後、棗さんは獲物を見つめるような鋭い視線で私を貫き、そのまま舌なめずりをひとつ。
    今度は私が、はあ、と熱い息を吐くと、ごろりと転がされ、そのまま棗さんは私の体を、遠慮すること無く、また頬から足の付け根、先まで一撫でして――あくまで優しく、しかし有無を言わせぬ強さで私の両脚を開いていく。戸惑い脚を閉じようとしてしまう私の力は及ばない。
    ――不意に、ずっと霞みがかっていた脳裏に座学の知識が蘇る。恐る恐る、逆光の棗さんを見上げると、熱い息を必死に吐きながら、ゆっくりと……私の脚を撫でながら、遠慮がちに開いた秘部に手をやりつつ、今までと違うどこか硬い感触のものが、そっと溝に宛てがわれた。どくん、どくんと、心臓の音が煩わしい。一度すっかり解けた緊張が、もう一度迫ってきていた。それも、今度こそ、太刀打ちできないほどの緊張が。
    私に覆い被さるようにして、棗さんはしばし、体のあちこちにキスをし、私を抱きしめ、舌を絡ませ、そして……もう逃がすまいと、べったり、私を押し潰すかのように体を重ね、そうして耳元で……聞いた事のないような、甘えた声で、小さく囁いた。
「……ねえ、挿入れたいです、小鳥遊さん」
「い、いれ……」
    驚きと同時に、そうだよね、と考える事務的な私も確かにいた。何度も学生のうちは性教育で、プロダクションに入ってからも年に数回の講習で教わっていることだ。性行為の本番は、ここから。
「中はだいぶ慣らしました。少しは痛いと思いますけれど……かなりマシだと思いますよ」
    棗さんはまた甘ったるい声でそう囁いて、少しずつ腰を動かしている。密着した――おそらく棗さんのものであろうそれが――私の秘部と擦れ、少しずつ音を立てる。ゆっくりと、さりげなく、しかしねだられるように与えられる刺激に、うっかり逃げそうになる腰はしっかりと捕まえられている。
   ふと、思い出し、腕を伸ばした。逃げ出す意思を感じられなかったのか、特に棗さんは妨害しなかった。机に置いたスマートフォン……タイムリミットまで、もう一時間も無い。
   ――私にとって最も大切な事は……棗さんをきちんと仕事に間に合わせることだ。私の経験の無さ故に、だいぶ我慢させてしまっていたのであろう、とろんとした棗さんの目にはここまで持っていた理性をもう、あまり感じられなかった。私はそっと目を閉じ……開き、じゃれつくように私に欲情している棗さんを、そっと抱きしめて、今度は私が耳元で囁いた。
「……挿入れ、てください……棗さんの衝動が、晴れるまで、すべて、受け入れますから。……怖くても、体が逃げようとしたとしても……受け止めます、から」
「……小鳥遊さん……」
    ――ありがとう、ございます。
    そう小さく呟いた棗さんは、ようやく少しほっとしたような顔をして……私に密着し、抱きとめ、また唇を奪い……秘部と秘部が擦れ合うのを感じる。それが少しずつ、少しずつ、意図が変わっていっていることも。そうして。
    棗さんの先端が、私の空いたところへ宛てがわれたのを感じた。指より太い、そんな物が果たして本当に入るものなのか。恥ずかしくて見ないように見ないようにしていたせいで、想像の中ではたいそう不気味な見た目に補完されてしまっているが、ゆっくりと体内へ侵入してくるそれは、思っていたより柔らかく、思っていたよりも硬かった。
「……ゆっくり、息を吐いていてくださいね」
    異物が無理やり扉を押しのけていく感覚には、どうしたって恐怖と緊張が渦巻いて、しかし容赦なく空いた穴が埋めつくされていく。人が人を受け入れるために体に与えられた最後の空白に、ピースが嵌っていくように。苦しい。息を懸命に吸いながら、もう入りません、なんて懇願した私に構うことなく、棗さんの体は中へ、奥へ、底へと、潜っていく。
    ぴたりと、錠に鍵が入ったように。聞こえるはずのないカチリとした音が頭に響いた。ほんの少し体勢を変えながら、棗さんはつかの間、私を抱きしめ、また体のあちこちに口付ける。なんだか、食べすぎた時のような、それとはまた少し違うような、下腹部の苦しさと……熱く、じんわりと燃えるように疼く感触が同時にずっと、私の体の奥で何かがうねっている。
「……全部ちゃんと入りました。偉いですよ」
    ぽん、ぽんと優しく頭を撫でられると、どこか夢心地になってしまって目を閉じた。優しいキスの雨に安心しているうちに、棗さんが体勢を整えて、合図するようにまた、私の頭を撫でる手は大きい。
「そんな不安そうな顔をしないで……ほら、こうして動くと……貴方も少し、気持ちが良いでしょう」
    私の腰元を軽く掴み、棗さんが軽く体を動かす度、私の内側と侵入した棗さんが擦れるのを感じた。僅かな痛覚と共に、全身を狂わせるような甘く、ふわふわと、ピリピリとした刺激。声にならない声が口の端から漏れ、そんな自分への羞恥で唇を噛み、結んでいると、棗さんにしっかりとキスされて、湿ったままの唇を指でなぞられていく。
「駄目ですよ、綺麗なお口がボロボロになってしまうでしょう。諦めて、情けない声を出していれば良いんです。……男は女を感じさせていると実感できる方が、良い気になれますよ」
「そ……そゆ、そうゆー、もの、で、です、か」
「ええ、そういうものです」
    は、はは、と、掠れたような私の笑い声は、途切れ途切れだった。少しずつリズムに乗って等間隔で揺らされていく身体。棗さんのものが出ては入ってを繰り返す。出ていく度に名残惜しく、呼吸ができて、入る度に息苦しく、痛いはずなのに堪らない。
    ああほら、また噛んで。棗さんはそう言って私の口の中へと指を突っ込んだ。突然のことに驚きつつ、本格的に部屋に響く私の情けない声にまた、恥ずかしさで体温が上がっていく。そのまま口の中を、舌を弄ぶ棗さんの指にもまた快を感じて、嗚呼。……ぐずぐずに、なっていく。
    ぽたり。肌に落ちた水滴に気づき、見上げた棗さんは目を閉じ、とても心地良さそうにしていた。落ちてきたのは棗さんの汗のようだった。理性の箍が剥がれ落ちて行ったらしい彼の動作は次第に優しさを疎かにし、私という穴へ、奥へ、欲望のままに腰を打ち付ける。私もまた、時に擦り切れたような痛みを感じつつも……それを上回る快楽に逆らえず、精神は重力を無視して浮上していく。
    私が二度目の絶頂とやらに達しているうちにも、棗さんは腰を止めなかった。頭がおかしくなりそうで、何度も死ぬ、死んでしまう、と叫ぶ私に、死にませんよ、大丈夫、でも死ぬほど気持ち良いんですね、なんて棗さんは笑っていた。私の方は笑い事では無い。足の付け根の奥の奥、棗さんが延々と陣取っているそこがずっときゅうきゅうと収縮しているのに、それでも止まらない棗さんの勢いに、私は叫びとも喚きともつかないような声を上げることしか出来なかった。
「……ああ……」
    棗さんはまた撓垂れ掛かるように私に覆い被さった。耳元で吐いている息は熱く、声に力はなく、私の腰をしっかりと掴んでいる反対の手で、私の胸を、腹を、そして秘部を、悪戯に弄っていく。駄目、死んでしまう、一つ覚えのように叫ぶ私の頬を撫でながら、喘ぐ彼の声はとても近い。
「も、も、だめ……」
    びくり。また体が跳ねて、甘い高揚にまた昂って、反響して。浅い呼吸が元に戻るまで、今度は棗さんは止まって、待ってくれていた。数度頭を撫でられて、触れるだけのキスを首に、肩に、胸に、そして頬に、額に、唇に。離れ、私の首元に頭を埋めながら、棗さんの私を抱きしめる力は強まった。そんな淡い時間も束の間、棗さんは余裕のない声で、私の耳元で呻いた。
「ねえ、出したい……」
「……へ、……あ……?」
「小鳥遊さん……私を受け止めてくださるんでしょう?」
「……えっと」
    回らない頭で返事を考えている間に、体勢そのままに、また元通りのスピードで少しずつ、次第に速く、棗さんが入っては、出ていってを繰り返す。室内に響き渡る水音、体と体がぶつかる音、そして棗さんが――きっと私も――発している、抑えきれない声と、息遣い。
    べったりと地面に抱き込まれる形の私には何を為す術もない。ただ棗さんの息が荒くなり、私を抱き込む力が強くなり、打ち付ける腰が激しくなり……甘えた声で、ずっと私の耳元で、気持ち良い、と喘ぐ。
「……たかなし、さん」
「は、は、は……いっ……」
    ――出したい。貴方の中に、全て出してしまいたい。
    そう言う棗さんの声は熱とともに、どこか悲哀を帯びている。私の様子を伺う顔は、心地良さそうで、アイドルの顔なんか何処にもないくらいにどろどろで、見てくれが綺麗なだけの何処にでもいる一人の男になって……そして、どうしようもなく不安そうだった。ぽたり。躊躇いがちに少し上体を起こした彼からまた汗がひとつ、またひとつ。私の体を伝って布団へと落ちていく。
「……わか、りました」
    そっと、今度は私の方から手を伸ばして、哀れな少年のような顔で懇願する棗さんの頬を、撫でた。言っておいて、少し戸惑ったように目をしばたかせる彼の息は、先程よりも熱い気がした。
「出してください、棗さん。……よく、頑張りました」
    べったりと頬に張り付いていた彼の髪を外して、微笑んだ。ふう、とひとつ大きく深呼吸をして……棗さんは改めて、私の体勢を好きなように整えて、両手を私の頭の脇に着いて、私をじっと見下ろした。
    再開の言葉はない。哀しそうだった彼の瞳は、少しだけ柔らかく笑んでいた。私は今、どんな顔をしていたんだろう。作業的に始まった繰り返しの運動と溢れていく衝動に――棗さんに――身を任せて、私はそっと、目を閉じた。
    幾度目か、大きく枝垂れ声をあげた私に、遠慮を忘れ、夢中で喘いでいた棗さんが、私の両腰を力いっぱい掴んだ。私も突かれすぎて頭はもうどうにかなってしまっているのに、この仄かな重い痛みと快楽が、すっかり癖になってしまっている。それでも、もう、限界ではあった。
「……あ……ああ、はあ」
   棗さんの掠れた声に、どくりと心臓が跳ねた。今この瞬間、この時間……アイドルは性衝動なんて起こらない、そう思っている世間様は、棗巳波のこんな声なんて知らない。その事実にどこか少しだけ優越感を感じたのも、次第にまた来る快楽の波に飲まれていく。
「……っ……たかなし、さ……」
「な、つめ、さ」
    ――ああ、出る……!
    私の体の奥、その奥の奥の、一番深いところを突いた棗さんは、そのままだらんとまた私の上に倒れ込み、雪崩れ込んだ。体は、繋がったまま。びく、びくと体を震わせているのは、今度は私だけでは無かった。飢えを凌ぐかのように、突然私のあちこちに口付けていく棗さんに困惑しつつ、私はようやく止まった刺激から解放され、大きく息をついていた。
    ぎゅっと、棗さんは私を抱きしめて離さない。 ……体内に、じんわり、じんわりと、散々受けた快楽と痛みの代わりに、今度は生暖かいどろりとしたものが奥へ、奥へと流れ込んでいくのを感じていた。
「……小鳥遊さん……」
    ――ありがとう、ございました。
    棗さんは相変わらず私を強く抱きしめたまま、少しざらついた声で囁くように言った。
    先程までの物音が、声が、嘘であったかのように静まり返った部屋の中。唐突に流れ出したアイドリッシュセブンの皆さんの賑やかな歌声は酷く場違いで、アラームの選曲を間違えたな、なんてぼんやり思った。

    時間ギリギリに支度を終えて、扉に設置してある札を使用済にし、私たちはケア用の部屋を後にした。度々少しふらつく私を棗さんは支えようとしてくれていたけれど、周りの目を理由に断った。……腰と、下腹部に残された重たい違和感。加えて身体中、とんでもない運動をしたかのようで……いや、とんでもない"運動"をしたのだ、と思い返した。火照る頬を冷やしつつ、待ち合わせのロビーへと向かう。
「……お陰様で、夜も良いパフォーマンスを維持出来そうです」
「それは良かったです!」
    私は一応、ケアタイムのこともツクモの方に伝えたいと思い、棗さんに付いて歩いてきていた。事後の言葉数は少なかったが、決して急に棗さんが冷たくなったのではなく、彼が初めての私に気遣ってくれたおかげで時間がなかったと言うのが本当のところで。待ち合わせ場所だというロビーへ着き、まだまだ勉強と修行の余地ありだな、と、羞恥心を振り切りながら今日のことを振り返ろう、とメモを取り始めた時の事だった。小鳥遊さん、と棗さんに呼ばれ、振り返る。そんな彼にはもう、苦しそうな瞳の潤みも、頬の紅潮も無い。けれどほんの少しだけ、いつもよりも遠慮がちであるのが見て取れた。
「ええと……備え付けのピル、飲みましたよね?」
「あ、はい。講習で習っていましたから」
「……そう……」
    なら、いいです、と頷き目を逸らした棗さんを見て、メモの一言目に何と書くかと考えていると、またもや隣から小鳥遊さん、と呼ばれ、棗さんを見上げる。今度はどこか気まずそうだ。
「その……初めて、とおっしゃっていたけれど。貴方も十八でしょう、ケアが必要な時もあるのでは?」
「……ああ……私は、その……珍しい体質みたいなんですけれど、未だに【発作】が起こったことが無いんです。定期検診でも体には異常無しで、稀に元から性欲が水準値よりも異様に低い人もいるんですって。ですから……さ、さっきのが……初体験、ですよ?」
「……ああ、そう……そう、ですか……そう、か」
    何かぼそぼそと言い淀み、目を逸らした棗さんに、さて、と。ケアタイム、と日付時刻をメモに――。
「小鳥遊さん!」
「……な、なんでしょうか!」
    目印になりそうなロビー中央の太い柱に二人、並び立って見つめ合う。否、半ば睨み合いのようにお互い見つめあっていた。
「……な、なにか……私に言いたいこと、が……?」
「……その。……先程おっしゃっていましたが……ならば、ケアパートナーは?」
「いません」
「……恋人、は?」
「……いません、よ?」
「……恋愛対象として好きな方は?」
「今はいないです。強いていうなら、小鳥遊プロダクションとアイドリッシュセブンが恋人です」
「そう……」
「……棗さん、その……確かに、私は……ケアパートナーとしては未熟で、大変だったと……思います。後日、きちんと謝罪をさせて頂きますので……」
「ち、違います。小鳥遊さんにクレームを入れたくて、探っているのではありませんよ」
    先を読んだつもりで謝罪の姿勢を取り始めた私に狼狽したのか、棗さんは手で制す。それ以外に理由が思いつかなかった私が首を傾げていると、じっと私を見つめた後、彼は真剣な顔で切り出した。
「……私と契約する気はありませんか」
「えっ」
「ケアパートナー、専属で。……どう、ですか。契約金は弾みますけれど」
「……それ、は」
    棗さんの口から出た予想だにしなかった言葉に、私はメモを取ろうとしていた手を止めて、ポケットにしまった。真面目な顔で私に向き直っている棗さんを見るのがなんだか気まずくて――先程までの、表に出せないような彼を想起してしまって――目を逸らしながら、落ち着かない指先を絡ませて黙っていると、そのまま棗さんは続けた。
「私たちは仕事場も近くなることが多いでしょう。今日みたいな日に、小鳥遊さんが居てくださると思うだけで、気が楽になれると思ったんです」
「……あんな……その……へなちょこ、だったのに?」
「……別に、私はけっこう、好きでしたよ、へなちょこの小鳥遊さん」
「……けれど、アイドルは、あまりケアパートナーを作らない風潮ですし……」
「それならなおのこと、前例があれば救われるタレントさんも居るのでは無いでしょうか」
「……でも……」
    今日、会ったばかりの時の会話と、今日、棗さんに触れられるうちに感じてしまった高揚感を思い出していた。今日のケアは、性行為は、ただの仕事に過ぎない。なのに、私は……。
「ケアパートナーの勘違い、つまり思い上がりから拗れた恋愛のトラブルは後を絶ちません。プロに任せた方がいいに、決まっていますよ」
「……それは、貴方もまた、私に対し"勘違い"してしまう、と?」
「……そりゃあ……」
    そうかもしれないじゃないですか、と、私は彼の目を見ずに言った。ふうん、と棗さんが呟いた頃、遠くに宇津木さんの姿が見えた。いよいよ今日のことを伝えなくては、と思うと、業務上の話だと割り切るべきなのに、やはり羞恥と、どこか罪悪感まで浮かんできて、変にドキドキしてしまっている。そんな私に棗さんは、大丈夫ですから、と囁いた。
「今日の事についての報告は、私からしておきます。貴方は……小鳥遊プロダクションの方にご報告だけで、構いません」
「ですが……」
「言いづらいでしょう?……それに……」
    さら、と棗さんが私の前髪を優しく撫でた。思わずどきりとして、一歩距離をとると、彼はどこか満足そうにくすくすと笑う。
「ついでに専属ケアパートナーの登録の打診もしなくてはならないので、ね」
「……う、受けるとは、言っていませんが?」
「私も諦めるとは言っていません」
「……どうして、その。……私に、そこまで?」
「そんなの……」
    ずい、と棗さんは――今日幾度もそうしたように――私の耳元に近づき、再び囁いた。
    また、貴方と……重なりたいから。
「……ケアパから始まる関係だって、いいでしょう?」
    くすり。悪戯な笑い声を残し、棗さんは体を離した。
    やがて宇津木さんがやってきて、棗さんを引き継いだ。私と一緒に居ることにやや首を傾げていたものの、棗さんは後で説明する、と言ってその場を煙に巻き、再度、今度は『棗巳波』の妖艶な笑みと共に、去っていく。その後ろ姿を見送りながら……急に全身の力が抜け、へたりこんでしまいそうなのをなんとか耐え、傍にあった簡素なソファに座り込んだ。全身に力が入らず、手元のメモも、日付時刻と、ケアタイム、と書いたところから何も進まない。
    走馬灯のように、先程の出来事がくるくる頭を巡っていく。ふと気がつくと、事務所から完了したら連絡をするようにとラビチャが来ているのに気づき、慌ててケアタイムの終了時刻を添付した。報告については、後日書類を作ることになっている、はずだ……座学は、完璧な、はずだから。
    ……座学は。
    ――また、貴方と、重なりたいから。
「……はーっ……」
    大きく、大きく、息をつき……脱力する。何度もキスをされた唇が、幾度も絡め合った舌が、そして……。
    自分のスマホアプリから、ケア承諾の履歴を見つめる。たったひとつだけ、初めての私のケアは、きっとどうにか上手くこなせたのだろう。ただ……。
    マニュアルには、講習には、この続きは無かったな、と、ただただまたひとつ、私は大きくため息をついた。いつだって"現場"は、例外なくイレギュラーばかり起こる。そして厄介だったのは……私の心もまた、"マニュアル通り"にならなかったことに他ならない。
畳む
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