屋根裏呟き処

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No.6781

Icon of reverseroof リュウ みなつむSS 遊び方を教えて


    自分へのご褒美で買った香りは甘くて、けれどほんのちょっと苦くて、瓶は可愛くてオシャレで、憧れていた綺麗な大人の女性に仲間入りをしたような気分でウキウキで棚に飾った。嬉しくて仕事場につけて行って、そして見事に、つけすぎですよ、と後輩に笑われてからは何だか恥ずかしくなって、置物と化してしまった。
    身近にこんなにも香水を使っているアイドルがいるのだから、使い方をちょっぴり聞けば良いのだけれど、プロデュースしている側の私がそんなことも知らないのだと思われたくないような、変な意地が先行してしまって、結局聞けずにいる。それでも、聞くならやっぱりナギさんかな、なんて思いながら、休憩所で落ち着きなく彼らの仕事の終わりを待っている間、手の中の瓶だけが大人の女性だった。
「あら、今季の新作ですね」
「ひゃっ」
    くるくると手の中で回していた瓶を慌てて隠すと、声の主の笑い声が降ってきた。慌てて立ち上がって頭を下げて、ふいと見回すと、棗さんは穏やかに微笑みながら軽く頷いた。
「私だけです、ドラマの撮影で」
「ああ、それはそれは」
    お疲れ様です、と声をかけると、にこりと微笑まれる。芸能界で仕事をするようになってから美形の男性の笑顔にも慣れたつもりでいるものの、不意打ちにはまだ弱い。とりあえず慌てて鞄に入れようとした手を優しく掴まれて、混乱する頭の中で中性的な棗さんの手の大きさで、ああ、この人も男の人なんだ、なんてどうでもいいことだけ浮かんだ。
「気になっていたんです、今日お使いなんですか?どんな感じでしょう。意外と香りは弱め?肌乗せすると人によって結構感想が違うようですけれど」
「あ……ええと……ええ、と……」
    口ごもる私にやや首を傾げながら、緩く距離を近づけた棗さんにどうしたらいいのかわからなくなって、ただ目だけが泳ぐ。照明。灰皿。ソファ。自販機。扉。廊下の壁。床。……私の匂いを嗅いでみたのかもしれない、何かを察したようにくすくす笑う、棗さんのお姿。
「香水の中でもお高かったでしょう、初めてでよくチャレンジしましたね」
「……べ、別に……そういう、わけでは」
「誰にも言いやしませんよ。……少々拝借しますね」
「え、あ、あの……」
「手首……だと香りすぎますかね。失礼します」
「あ、あ、あ」
    腕のボタンが外されて、くるくるとシャツが捲られて顕になった腕の内側に、棗さんは香水瓶の宝石のようにカットされた蓋を躊躇無く取って、少し離してプッシュした。肌に霧がかる感触と共に、ふわり、滲んだのは桃の香り。後から後から、少し苦い、ビターな大人の香りもついてくる。
「こんな感じで使うといいかも。……ああ、うん、良い感じですね、ユニセックスだけれど、女性寄りな雰囲気でしょうか」
「あ……はい……好きな匂いで……」
「オードパルファムですし、このメーカーは思っているよりも乗りが良いですから、小鳥遊さんの職種ですと本来は下半身の方が良いかもしれませんけれど……まさかいきなり女性の腰や足を触るわけにもいかなかったので」
「……す、すみません……香水の使い方も知らない社会人なんて知られるのが……恥ずかしくて……」
「興味が無ければ大半の人は知りませんよ」
「けれど、私、こういった仕事をしているのに」
    恥ずかしい、様々な感情で上気する体を認識しながらも、私は小さく頭を下げた。ほんわりと自分から漂う好きな香りが心地良い。棗さんは反対側の私の腕にもつけてくれて、優しく袖を戻してくれた。
「……ふふ、良い香り。私も試してみても良いですか?」
「あ!は、はい、どうぞ」
「すみません、では……」
    躊躇無く首元に、少しボタンを外して胸元に、手首に、噴射された香りを棗さんが纏った時、もしかして今……私たち、同じ香りなんだろうか、なんてとんでもないことが頭をよぎって。
「肌によって香りが変わったりしますから……ほら、私と貴方でもトップが少し違……小鳥遊さん?どうかしましたか」
「あ……いや……ええと……」
    顔を上げられないまま、そっと差し出された手首に、促されるまま顔を近づけて、そっと香るのは、私と……ほんの少しだけ違う、お揃いの香り。少しだけ、私よりも苦味が強くて、甘みが後から漂ってきて。――けれど、同じ香りだ。
「……ありがとうございました。……小鳥遊さん」
「あ!?は、はい」
「この香り、ちゃんと貴方に似合っていますよ。……私にも、ね」
「へ……」
    くすりと笑うその顔が素の彼でないことくらい、悪戯心で少し演じていることくらい、もう痛いほどわかっているのに。回らなくなっていく思考はきっと、そう、そうだ、香水のせいだ。
「せっかくなんだからもっと使ってあげてくださいね。ああ、瓶ごと持ち運ぶよりアトマイザーに移した方がいいかもしれないです。プッシュは1も要らないかも……。……それでは、失礼しました……お疲れ様でした」
「……お……おつかれさま、でした……」
    瓶を手に返されて、そのままふらりと棗さんが消えていくのをすっかり見送ってから、へなへなとソファに座り込んだ。……そっと、自分の体から漂う香りを嗅いでみる。
「……同じ、匂い……って、何言ってんだか、あは、あはは……」
    甘くて苦くて、少しずつ悪戯に変化していく。それは……とても彼に、よく似ているような気がして。優しく香水をつけてくれた手つきが、少し甘い声で笑う顔が、少し大きな手の体温が、頭の中でぐるぐると廻り……マネージャー、と声をかけられて、慌てて頭から考えを振り切る。駆け寄った彼らに香りを褒められて、照れながら笑いあって。
    その日、おシャレな置物はお守りに変わった。芽吹くかどうかわからない、私も気付かぬ感情の始まりと共に。
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