屋根裏呟き処

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No.6843

Icon of reverseroof リュウ みなつむSS リップ・サービス

    何年付き合っても、何年連れ添っても、その指にリングを通し合っても、書類上の苗字が同じになっても、いくら寝食を共にしても、彼女はわがままになることを知らないらしかった。
「あら、似合っているじゃないですか。買ってきたんですか」
    普段プライベートのお洒落に興味を持たない妻はその日、珍しく綺麗にタッチアップされて帰宅した。普段の紡が選ばないカラーリングは彼女をより大人の女性らしく引き立たせ、特に赤過ぎない口紅は彼女に非常によく似合っていた。素直に、心を伝って出てきた言葉だった。
    彼女は返事に困る時、一瞬だけ口の端を結ぶ癖がある。
「好きだったんですけど、一度持ち帰って検討してからにしようと思いまして」
「成程」
    そんな一瞬の彼女の躊躇いを見なかったことにしてあげて、帰ってきたばかりの妻を抱きしめ、荷物を受け取った。

    見られているのか、いないのか、芸能界にいることが人生の多くの割合を占めていると、人の視線に敏感になる。それが善意からなのか悪意からなのか、奇異からなのか、そういった温度感も次第に感じるようになるし、今は良い、今は悪い、と時と場合によって判断を下せるようにもなる。
    人の少ない高級デパートの女性用化粧品売り場に立つ棗巳波はさぞ目立っていただろうが、逡巡、むしろ店員に聞いてみるか、と……視線の主に微笑みかけた。驚いた様子で固まった店員に、小さく手を振りながら声をかけた。
「失礼、少々お伺いしたいことがあるのですけれど」
「は、はい……」
「先日、妻が……ここでタッチアップさせて頂いたと……思うのですが……」
「……奥様が」
「ええ」
    結婚の公表などとうに済んでいる。私はあの日、よくわかっていない様子の紡と無理やり写真を撮って、あの日の彼女の様子を残していた。店員に日付を言い、写真を軽く見せると、ああ、と覚えのある顔に、そしてきちんと店員の顔になった。
「妻がタッチアップした化粧品、わかりますでしょうか」
「勿論、一ヶ月内にご来店頂いた方の試用については記録に残してございまして……」
    お名前までは伺っていないのですが、と店員が取り出したデータを盗み見ると、成程、金髪でやや童顔、購入の意思は無し……と、それくらいの情報でも常連以外がタッチアップすることが珍しい店なのだろう。
    長年連れ添っているうちに、紡はウインドウショッピングが趣味になっている側面があった。当初、私に遠慮して家の中でばかり過ごそうとしていた彼女を、私が無理やり外で過ごしましょうと連れ出し回ったのがきっかけだろう。報道後からは遠慮なく二人でデパートを歩き回ることもあり、私は良い男らしくプレゼントをしようと何度も試みたが、いつものらりくらりかわされて、結局渡せたのはいつも安い物ばかりだった。金額が全てでは無いと思いつつも、男というのは時に格好つけたくなるものだ。
    案内された化粧品を一式見て、許可を貰って私も手の甲で試した。勿論、私たちの肌の色は違うから、どちらかというと手触りやテクスチャの確認だった。これら一式、ちらと値段を見やると、まあ、成程。ゼロの数は彼女が普段使いしている化粧品より、いくつ多いのだろうか。
「……妻は、お試しさせて頂いた時、どんな様子でしたか」
「目を輝かせていらっしゃいましたよ。ただ、まあ、その……予算のことを、気にされていたもので」
「すみません、妻が失礼を」
「いいえ。私共も、自信をもって良いものをお作りしてお勧めしておりますが、決して安くない買い物ではあるとわかっておりますので」
    そう答えた店員に嫌味はない。私はしばらく考えて、やがて、店員に口紅を指さした。
「これをラッピングでお願いします」

    その日、帰ってきた紡はよれよれだった。誰がどう見てもそう形容するであろうくらい、よれよれになっていた。それでも気丈に振舞おうとしているのが痛々しく見えて、私はため息混じりに笑い、帰ってきたばかりの彼女の背に抱きつき、首元にキスを落とした。
「お疲れ様」
「あ、ありがとうございます……」
「怒られ仕事でしたか」
「まあ、こういう日も、ありますよね」
「理不尽に怒られて、耐えて、頭を下げ続けて、偉い、偉い」
「見てきたように言いますね」
「たまに、見かけますからね」
「恥ずかしいなぁ……」
「格好良いと思っていますよ。タレントを守るために戦う貴方がたを。貴方も、ウチのチーフマネージャーも、知り合いの方々みんな」
「……タレントさんにそう言われたら、報われます」
    ふふふ、と笑った彼女は少し元気を取り戻したように見えた。体を離し、用意していた食事に仕上げをしに台所へ。着替えてきます、と部屋に消えた彼女を見送って、食器を並べ、用意した。
    食事を終えた彼女は疲れ切っていたのか、ソファで私と寄り添いながら、かくんかくんと船を漕いでいた。たまにはっとして下船しては、またいつのまにか乗船している。私は呼吸を整えて、些か緊張していた心を落ち着けて、彼女を軽くゆすり、船から下ろした。
「今日も頑張った貴方にプレゼントがあって」
「え、何かの記念日……とかでしたっけ」
「そうですね。いわゆる、何でもない日、というやつで」
「……?」
「まだ寝ぼけていますね」
「お、起きましたよ!でも何も無いのに、と思って」
「何でもない日に、妻に贈り物をしたい時だってあるものです。はい、これを」
    小さなラッピングボックスにリボンをかけて、手のひらほどもない箱を手渡した。彼女はそれを両手で大切そうに受け取り、しばし首を捻り、ちらちらと上目遣いで私を見る。
「なんです」
「い、いえ……いまここで開けるべきなのか、部屋でひとりで開けるべきなのか、悩んでしまって」
「ここは貴方の家なのだから、どこで開けてもいいんじゃないですか。貴方ががっかりするようなもの、持ってきたつもりはありませんし」
「じゃあ……失礼します……」
    丁寧に、丁寧に。箱を壊さぬよう、リボンを破らぬよう、彼女は開け、やがてそのロゴを見て目を丸くして……そっと小さな箱を開けて……開いた口が塞がらないとは、今の彼女を形容するために生まれた言葉なのかもしれないなと思いながら見つめていると、勢いよく箱の蓋をしめ、彼女は私にそのまま押し付けた。今度は私の口が塞がらなくなる番だった。
「も、もらえませんよこんなお高いもの!」
「ああ、待って、紡……」
    動揺したまま、彼女は激しく壁にぶつかりながら、彼女の部屋に飛び込んで、逃げるように扉を閉めた。一生懸命口を閉じて、扉を叩いて名前を呼んでも、しばらく彼女が出てくることは無かった。
    まあ、予想していた範疇の出来事であった。

    紡は頑なにプレゼントを受け取らなかった。否、一度あまりにも好意的に受け取ろうとするものだから、私が奪い直した。
「返品してくるつもりでしょう」
「そ、そんなわけ……」
「貴方はレシート持ってないんですから、無理ですよ」
「……家計の管理のために、ほら、レシートは一緒に置いておいてくださいよ」
「もう捨てました。私のポケットマネーからなので」
「……んもう!」
    紡は次の作戦が失敗したことに腹をかいて、またしばらく部屋から出てこなかった。今日の仕事のストレスも相まっているのだろうが、このまま平行線ではこちらだって、贈り物をするからには喜んで欲しいだとか思うし、受け取って貰えるまで緊張もするし。何より……。
「……紡、扉を開けて」
    返事は無い。ドアノブにそっと手をかけたが、扉は開かない。鍵をかけているのではなく、扉の前に座って陣取っているのだろう。
「紡……」
「……巳波さんのお気持ちはたいへん嬉しいですが、そんなお高いもの、受け取れません」
「……どうしても?」
「受け取れません……返してきてください……」
「では私に、妻への贈り物に失敗した笑いものになれと、そう言うんですね。結構ですよ。棗巳波、妻にフラれる、プレゼント失敗……とかSNSにでも書かれてしまえばいいんです」
「そんなこと言ってないじゃないですか!」
「ふふ」
「ああっ!?」
    思わず少しだけ扉を開いて否定しに来た紡を利用して、扉が閉まらないように足を突っ込んだ。バランスを崩した紡がごろんと床にころがって、私は部屋に足を踏み入れる。
「さ、こちらへいらっしゃい」
    彼女のベッドのへりに腰掛け、特に転げた彼女を起こすでもなく、私は手招きした。気に食わなさそうな顔のまま、紡は私の隣に座った。しかし、両手はぎゅっと握りしめたまま。意固地になってしまった彼女が簡単にはなびかないことくらい、もうわかっている。だからこそ……。
    ラッピングされた箱を目の前で開け始めると、彼女は目を丸くして、ぎょっとした顔で私を見つめていた。私はあえて彼女には目もくれず、ただ淡々と彼女のためにされたラッピングを解いていった。やがて、素の、商品の口紅のパッケージを開けたところで、紡がついに小さく一言。
「あ、開けちゃった……んですか……」
「貴方が開けたくなさそうでしたから」
「そ……ういうことでは……」
「開けたかったんです?受け取ろうとしなかったのに」
「ちが……くて……」
「難しい人ですねえ」
    とにかく混乱しているのであろう、紡は疲れた頭がついにショートしてしまったようで、思考を放棄している彼女の隣で、私は開けた口紅を人差し指に、とんとん、と軽く取ってみた。優しく反対の手の甲を撫でてみる。十分すぎるほどの色が出て、美容部員のアドバイスを思い出し、少し色を落とす。
「……はい、紡、こちらを向いて」
「え」
「こっちを向くんですよ、ほら」
    怪訝そうな顔を、緩く指先でこちらへ向かせた。そのまま、色を取った人差し指で彼女の唇を優しくなぞる……びくりと体を震わせた彼女に構わず、とんとん、と、優しく色を乗せていく。一日の終わり、わざわざ何を落とさずとも彼女の唇は素の色に戻っていた。そこに柔らかい赤を載せていく、丁寧に、やさしく……大切に、たいせつに。
    ――うん、良い。出来栄えに自分で頷いて、もう少しだけ紡の唇を整えた。自分で思った以上に満足して、笑みがこぼれて、そんなご機嫌な私を見る紡の頬は、紅を載せていないのにちょうどいい色に染まっている。
「よく似合っています」
「……あ……ああ……ありがとう、ございます……?」
「やっと受け取ってくれましたね、プレゼント」
    彼女がぽかんとして緩めている手のひらに、そっと口紅を握らせた。今度こそ、彼女は拒まなかった。それよりも気になるのだろう、そっと自分の唇に手をやって、また少しだけ彼女の頬が染まっていく。疲れ切っていた紡の表情が柔らかく歪んでいく。そっと頭を撫でると、もうすっかり慣れた様子でいつも通り、私の手に擦り寄った。
「いつもお疲れ様」
「……あ、あの……何も無い日の突然の贈り物にしては……ちょ、ちょっと、こ、この先こういうのは……びっくりしちゃうっていうか……」
「それならきちんとそう言ってください、私だって良い男らしく、たまには格好つけたいのに、あんな風に拒まれては傷つきます」
「……傷つきました?」
「ええ、それはもう、二度となおらないくらい、深い深い傷を負いました。ああ、苦しい、死んでしまいそう」
「……傷ついては……なさそうですね」
「なんて非道い。この傷、ちゃんと今日中に癒して頂かないと明日は仕事になりませんよ」
「そう言われましても」
「ああ、傷ついた。傷ついたなあ、ねえ紡、私、傷ついた」
「めんどくさいなぁ……」
    傷ついた、と連呼しながらずるずると彼女に寄りかかる。彼女は言葉の割に、嫌がる様子はあまり見受けられないまま、今度は優しく私の頭を撫でる。小さな、あたたかい手。……目を閉じる。心地よい。
「……に、似合ってますか、私」
「ええ、とても。こうして無理やり押し付けたくなるくらいには、似合っていると思っていますよ」
「……か……かわ、いいですか……」
「言うまでもありません」
「……」
「失礼、気が回ってませんでした。言って欲しいんですよね。可愛いです」
「いつも一言余計です!」
「ふふ」
    んもう、と言いつつ、急に紡が勢いよく寄りかかってきたものだから、私は驚いたままバランスを崩す。押し倒される形でベッドに収まった私に、紡の長い髪がほんの少しかかり、やがて頭に、頬に、体に――一斉に落ちてくる。
「……どうしたんです、急に」
    一瞬ゼロになった距離を少しだけ離した、逆光の紡の唇の彩度はこちらから見てもまだ高い。私が自分の唇を触る前に、紡の人差し指がそっと拭った。その指先はほんの少し、赤く染まっている。
「別に……」
    ふい、と目を逸らす彼女はそう言いながらも、私を覆う体をどけようとしない。私は思わずくすりと笑って、そのまま体を引き寄せる。
「いつもそうやって、わがままでいてくださったらいいのに」
「巳波さんって意外とわがままさんですから、私まで、あんまりわがままになれないでしょう」
「あら、そんなことを言うお洒落な口はこれですか」
「ええ、お洒落したばっかりに心無い言葉ばかり出てくるようになった悪い口です。……ほ、放っておいたらもっとお喋りになって、巳波さんの悪口がいっぱい出てくるかも……」
「それはそれは、何が飛び出してくるのか、聞いてみたいですね」
「……そ、そうですか……」
「冗談ですよ。……ほら」
    少ししゅんとした様子の紡に笑いながら促すと、彼女は少し眉間に皺を寄せながら、しかし瞳に熱を浮かべて私の首に腕を回した。私はそっと彼女の頭を、顎を優しく傾けて、お互いそっと、距離を縮める。
「責任を持って、しっかりと塞いで差し上げないと、ね」
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着想の呟き

紡さんの休日 ウキウキデパートウインドウショッピング タッチアップした口紅があまりに良かったので値段を見て2桁万にビビり散らかして帰ったら「似合ってるじゃないですか、買ってきたんですか」って言われて「いやぁ、持ち帰って検討しようと思ってェ〜」とかテキトーなことを言う
高級なデパートに遊びには行くものの やはりあまり買い物にまで手は出ない 当日の持ち物から推測して巳波もあたりをつけて行ってみるんだけど さすがに微妙な色の違いまではわからず 唸っていたら店員さんにめちゃくちゃ見られていて(まあ、公表してるしいいか……)って
「先日妻がタッチアップして帰ったと思うのですが…」って切り出して
怒られ仕事してボロボロになって帰ってきた紡に「プレゼントです、いつもお疲れ様」「えっここで開けていいやつですか!?」「ここ貴方の家なんですからいいのでは…」って渡された小さな包 開けたら件の口紅でビビり散らかす紡
「n万ですよ!?」「知ってますよ、私が買ってきたんですから」「だって!?だって!?」みたいになってて受け取ろうとしないのですっと紡の手から受け取って指先に少し取って
紡の唇にトントンって軽く塗って
「ほら、似合ってるじゃないですか」って笑いながら紡の手に口紅を入れ込む巳波

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