屋根裏呟き処

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No.7695

NO IMAGE リュウ みなつむSS 手違い

「本当にすみません、連絡に行き違いがあって、送っていただいて……」
「いえいえ、普段お世話になっているズールさんですから。ウチのみなさんを送るついででもありましたし」
    そう言ってほほ笑みかけると、助手席の棗さんもまた柔らかく微笑んで返してくれた。
    夜の大通りは少し混んでいた。ツクモの方で珍しく連絡やスケジュールの行き違いがあったと話していたズールの皆さんに、一緒に乗っていかないかと声をかけたのは私の方だ。予定がある方はそこまで送り届けて、アイドリッシュセブンのみなさんは寮へ送り届けて、最後に残ったのは図らずとも私と棗さんの二人だった。
    音楽はランダム再生にアイドリッシュセブンを流していたが、そうして明るい車内で私たちはあまり言葉を交わさないままでいた。なんとなく気になって棗さんを横目で見る度、その整った横顔がじっと窓の外を覗いているのが見えて、疲れているのかな、と思って閉口した。アイドルにとって移動時間は休息のひとつだ。送りを買ってでたのは私なのだし、役目だけを全うすることを考えよう。考え直して、指示器を出した時だった。
「小鳥遊さんは、このお仕事好きですか」
    曲がる前に、思わず棗さんを目視する。相変わらず、視線は窓の外を見つめているままだ。車の流れに乗りながら、私は確かに、はい、と答えた。
「大好きなお仕事です」
「具体的には、どういったところが」
「アイドリッシュセブンに限らず……アイドルの皆さんを、輝かせるお手伝いが出来ることですかね」
「でも、私たちが輝けばファンは私たちの功績として喜び、私たちがコケれば貴方たちが叩かれる。報われない仕事だとは、思いませんか」
「確かに、そういうこともあります……が」
「そういうことばかりでは?」
「……でも、それがいいんですよ」
「はあ」
    向かいの車がハイビームのまま近づいて、思わず一瞬くらりとしながら、気を引き締めて安全運転を心がける。棗さんにお願いされた場所まであと少し……と、そんな時だった。小鳥遊さん、と私を呼んだ棗さんは、今度は窓を向いていなかった。
「すみません、行先、変えてもよろしいですか」
「え?ああ、はい、構いませんが……何処へ?」
「……ゼロアリーナへ」
「……ゼロアリーナに?」
「やはり、わがままでしょうか」
「……いえ!思い立ったが吉日です、お送りします!」
「ありがとうございます……少し考えたいことがあって……。……そこからは、一人で帰れますから……」
    一度路肩に車を停め、私はカーナビのマップを設定し直しながら、彼に聞く。
「何か、ご用事が?」
「……なんとなく。……すみません、そんな理由で、他の事務所の方を巻き込んで。……やっぱり、私、一人で」
「……いいえ。今日は私がツクモに言って、ズールの皆さんをお預かりしているんです!責任もって、お付き合いしますよ、何処へでも……!」
「……何処へでも、か」
    アイドルのみなさんは、なにか悩むと、なにか思うと、ゼロアリーナへ向かうことが多いようだった。ゼロという伝説のアイドルが彼らの心を満たすのか、刺激するのか……そんな彼らを応援することが、それこそ私たちマネージャーの仕事で、喜びだ。棗さんも今日は疲れているようだし、なにかあったのかもしれない。
「……大丈夫ですからね、棗さん。私、今夜はちゃんとお傍に居ますから!」
    では向かいますね、と助手席に微笑むと、少し目を丸くした棗さんがこちらを見つめ、やがてようやく緊張が解けたように、あはは、と吹き出した。
「では……傍にいて下さい、今夜、ずっと」
「はい!任せてください!」
「……ふふ」
「……ちょっと元気になってくれましたか?」
「いえ、何も……ああ、小鳥遊さん、もう一つお願いしたいことが」
「何でも言ってください!帰るまで、私のことを宇津木さんだと思って!」
「……では、カーステレオ……ズールの……私が作った曲を、流していても構いませんか」
「……あ、すみません……配慮が足りなかったですね!すぐ切りかえ……」
「いえ、私がやります。ここからゼロアリーナまでだと、アルバム一本分は流せますから……スマホ繋ぎますね」
    やがて、静かな夜の道を走る車内に、ギラついた魅惑的な音楽が流れ出す。妙に隣から視線を感じて、ちらと棗さんを見遣れば、目が合って、今度こそにっこりと微笑まれる。
「ふふ、やっぱり私、ズールさんの曲……棗さんの作った曲、好きだなあ。……これ、棗さんのオススメですか?」
「ええ、全部……貴方に今宵、聞いて欲しい曲です」
「……私に?」
「……ええ」
    今日のゼロアリーナはどこの誰もライブをしていない。近づけば近づくほど、祭り事のときに賑やかな郊外は閑静になっていく。車内に響く音楽の鋭さが、その分だけいつもより増していく気がした。
「……ねえ、小鳥遊さん」
    ふと、隣から私を覗き込むように見つめながら、棗さんはほんのり、悪戯っ子のような甘え声で笑った。
「今夜は私の傍に居て、私の我儘に付き合って、私が作った曲だけを聞いていてくださいね」
「え?……はい!」
「……今夜は私が飽きるまで……私に付き添っていて下さいね?」
「任せてください……?」
「……ふふ」
    カーナビが残り推定距離を言ってから、棗さんは元通り、喋らなくなって窓の外を見つめていた。しかしその表情は、さっきよりどこか明るく見えた。よかった、と私もほっとしながら、疎らな街灯の下を走らせ続ける。……ちら、と、もう一度目をやってみても、端正な横顔はもうこちらを向かなかった。ハンドルを落ち着かず握り直しながら、そっとアクセルを踏み直す。
    真っ直ぐに海岸線を走る車内の無言は、いつしか気まずいものではなくなっていた。
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